北アルプス
白馬岳
しろうまだけ

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2006年 8月15日−8月16日

ムーンライト信州。18きっぷで乗れる夜行列車に乗って白馬を目指すと、朝6時ごろに猿倉の登山口へ着く。便利であるが、やや眠い。

シロウマダケ。ハクバと呼ばれることも多いが、山腹にできる雪形の代かきの馬が語源なので、シロウマと読むのが正しい。が、どっちも広く通じるので、どっちでも良いのではないかと思う。スキーで来たことがあった気がするが、山登りとしては初めて来た。大変に格好良い山だ。

我々の住んでいる国は、八百万の神々の住む国なので、山なんかはどれも神様になってしまう。しかし神様も八百万もいると、平等社会ではやっていけず、階級が出来てくるらしい。この白馬岳を見ていると、付近の山をだいぶ圧倒している。神様として、だいぶ上位のところなのではないかと思う。

猿倉からは、大雪渓を通るルート、鑓温泉を通るルートと2本ある。 鑓温泉側から登って、鑓温泉か稜線上の天狗山荘でテントをはろうというのが今回の計画。

白馬駅に降りた時点では、雲一つ無い空を背景に、白馬連峰は見事に並んでいた。が、登り始めたころから空が雲に覆われだした。 今日の予報は晴れ時々曇り、明日は曇り。南海上には台風がいるため、全般的には下り坂。満天の星空は望めないだろうか。その場合は稜線まで行かずに温泉の脇でテントはってごろごろするか。 1時間ほど歩いて最初の休憩をとっているうちに、また青空が現われ始めた。低層の雲に囲まれていただけだったみたいだ。こうなると、じゃあ上まで行ってみるかという気になってくる。稜線まで出て星を眺めよう。

山登りというのは、基本的にはただ黙々と何時間も歩くだけだ。単調な単純作業の中ではあるが、その間に周りの状況はどんどん変わっていき、結構色々とドラマがある。 光り輝く世界を歩いていると思ったら、あっという間に霧に囲まれ視界がなくなる。完全な静寂の中を歩いているつもりだったのが、桟道を曲がると雪どけ水の作る轟音に包まれる。 真夏の暑い中を歩いているのに、足もとの道は雪に覆われ、その温度差が幻想的な霧と冷風を作る。熊が雪渓を横ぎったという目撃談を聞く。これから登るべき頂きが、圧倒的な大きさで目の前に出現する。30分も歩けば世界が変わり、退屈することも無い。

山の短い夏は、弾けるような生命力を感じる。6月ごろまで雪に閉ざされ、10月ごろには再び雪に閉ざされる。その短い間に植物たちは発芽し、花を咲かせ、実を残さねばならない。動物たちもその間に栄養を貯え、子孫を育てていかなければならない。 だからなのだろう。そこいら中で百花は甘い香りをまき散らしながら繚乱しているし、虫たちもぶんぶん忙しそうにしている。爆発しているような生命力があふれている。

10時半、鑓温泉着。けっこうしんどかった。 心情としては、温泉に入ってから昼飯が良い。が、今日はまだ行程を残している。昼飯→温泉のほうが、食後の休憩を減らせて出発を早められそうだ。

都合の良いことに、足湯が有る。「標高日本一かな?」と控え目に自慢している。白濁した湯に疲れた足をほぐしながら、ラーメン作って食べた。

鑓温泉
露天風呂からの眺めは素晴らしい。
露天風呂の中の景観は、汚いおっさんと汚い兄ちゃん。
登山道からは丸見えだが、あまり見たがる人はいないのではないかと思う。
鑓温泉
もう、源泉かけ流しというレベルではない。濁流というか、温泉が小川になって流れている。

12:15、出発。なんだかんだ言っても、やはり眠い。 勾配が緩くなった広場、道の脇の木陰で居眠り。なんとまぁ気持ちの良いこと。

標高日本一の温泉とはいえ、まだ山頂には遠い。この先もだいぶ登らなければならない。 稜線までは標高差700メートル程度。昭文社の地図に乗っている所要時間は3時間。道も悪くないようだし、それくらいの標高差ならもっと早く着くだろうと思っていた。が、足が重い。
今日は荷物が重い。重く感じる。傾斜もきつい。すれちがう登山者はもっと軽装だ。この付近にはでかい山小屋が多いので、そこい泊まる人が多いのだろう。 だいぶ登ったと思ったが、降りてくる人たちも、「鑓温泉はまだ先ですか?」と聞いてくる。彼らもだいぶ歩いてきたようなので、僕の目的地もまだまだ先のようだ。

とはいえ、登っていればいつかは着く。15:40、稜線に着いた。剣山、穂高などの遠くの山とご対面。南北に走る縦走路もみごと、その下には雲界が広がっている。 大きな期待をかけて登ってきて、その最大限の景色が広がっている。 小屋まではもうちょっと。登山道はだんだん小屋からそれる方向へ登っていったので、ちょっと余計に歩かされる気分になる。


16時、小屋着。もう歩きたくねぇ、というビール
雪渓の雪解け水もたまらない。

今日は大変疲れた。眠い。しかし今日は大変良い天気だ。この先は、天界にいるかのような素晴らしい景色が展開されることが予想される。それを見るために苦労して登ってきたわけだから、ぐっすりと眠るわけにはいかない。

日の出も素晴らしかった。 さぁ、今日は眠い。帰りも鈍行なので、なるべく早く降りたほうが良い。あまり無理をせず、来た道をそのまま降りるというのが当初の計画。でも計算してみると、白馬三山を縦走しても、それほど時間は変わらない。せっかくの天気だ。上を歩いたほうが気持ち良いに決まっている。

6時、荷物まとめて出発。 稜線を、飛ぶように歩いていく。雲は視線のかなり下のほうにあるのだから、本当に飛んでいるようである。 まずは白馬やりがたけ。これから行こうとしている、北へと続く稜線が見渡せる。 杓子岳は、まぁ登っても登らなくても良いかな、という感じだった。

割と良いペースで歩ける。稜線の上は、本当に真っ青な空。曇っているのは下界だけだ。時間によっては白馬岳はカットするつもりだったが、この分ならば白馬三山全部行けそうだ。 白馬岳

白馬山荘までがなかなか着かない。ずいぶん見えたのに、一つ山を越えていかねばならない。あそこまで着いたら、荷物を置いて白馬を往復してこよう。あとは下る一方、最後の登りだ。 荷物をおろしてしまえば、早い。30分ほどで往復できた。 途中、頂上山荘のところで診療所の医学生があまりにも気持ちよさそうに景色を見ていた。しばし談話する。

再びに戻り、そこからは急激に下っていく。やっぱり荷物が重く、ペースが上がらない。足の裏がだいぶ辛くなってくる。 昨日のコースもそうだったが、どうも逆ルートを歩く人のほうが多いようだ。すれ違う人はたくさんいるが、追いぬく人も追いぬかれる人も多くはない。見通しの良いところに出ても、登ってくる人ばかり見える。大雪渓を下りに使うのは人気ないのだろうか。そっちのほうが楽だと思うのだが。

ようやく大雪渓。軽アイゼンを装着。 思ったよりも滑る。土踏まずのところの段差が大きい靴なので、爪があまり利いていないのかもしれない。が、今までのガレた急斜面に比べれば、だいぶ歩きやすい。何よりも、足の裏への負担が軽くなるのが嬉しい。これでだいぶスピードが出せる。

大雪渓は、割とすぐに降りることができた。大雪渓の舌の先端のところには白馬尻小屋が建っていて、ここまでくると周囲の人の雰囲気が変わる。ドライブの途中に来た家族連れだとか、恋人同士だとか、それまでにすれ違ってきた人たちと比べると軽装でのんきな表情をしている。ここからが下界なんだな、と感じる。

しかしそうは言っても、ここから一般車で入れる場所までは、1時間ほど林道を歩かねばならない。この1時間もずいぶんキツかった。僕はそこらへんの観光客を圧倒するくらいの機動力はあるはずだが、もう無理だ。消耗しきった。前後を歩く婆さんや子供と同程度のスピードで、猿倉までの1時間をヨタヨタ歩いた。

疲れた。大変疲れた
この天候不純の夏の、貴重な青空。この二日間は、それをまったく無駄にしなかった。充実した疲労感ではある。


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