8/17 致命傷その2

今が悪い状態にあると思っているとき、心掛けなくてはいけないのはこれ以上悪くならないようにすることだ。あせって良くしようとすることではない。そんなことは分かっているつもりだった。
しかし具体的にはどう行動すればよいのか。油断や隙があったのではないか。

あるいはこういうことだ。
サッカーの試合で0−0の均衡が続き、何かのミス、あるいは敵のスーパープレーで一点失う。そのことに気落ちして、わずか1分で、とても簡単なプレーでもう一点失う。その後反撃して、ロスタイムに一点返すが後の祭り。あの二点目がなければまだ勝負ができたのに。あそこでたてなおせたのではないだろうか。とにかく追加点を喫することは避けるべきだった。
そう嘆いてみたってしかたがない。まぁ良くあることだ。

いや前置きが長い。簡潔に言うと強盗に襲われ、身ぐるみをはがれそうになった。結果カメラを失った。

まったく、これを読む人にとっては息もつかせぬ展開でけっこうなのだろうが、やっている本人としてはなかなか大変だ。
夕食後、とりあえず書いた分の日記を更新しようとネットカフェへ向かう。まぁあまり治安のよくないところだ。自転車をとられたのと大体同じ界隈である。
路地に入ると、後ろから気配。なんか嫌だなと思っていると、急に前に走り出て、いきなりしゃがみこむ。それをよけると、後ろから襲われる。二人組、黒人だったと思う。
おい、本当かよ。あ、やっぱり来たな。この先どうなるんだろう。どうすればこの状況から抜けられるだろう。頭の中ではそんなことを考えていたのではないかと思う。
なぐり合いするのなんて何年ぶりだろう。完全に先手をとられ、倒されているので分が悪い。
とにかく叫ぶ。しがみつく。が、ウエストバッグをとられ、しがみついた相手にも逃げられる。

鬼が変わる。
今度は僕が追いかける。とにかく追いかける。「あーっ」とか何とか叫びながら、裸足で追いかける。サザエさん状態だ。
向こうのほうに警察がいるのは知っているが、ここまで来てくれるかどうか。
今回は僕のしつこさが良い方向に出て、彼らはひととおりあさったバッグを投げ捨てた。バック本体にガイドブックのたぐい、良かった、航空券もある。トラベラーズチェックなんて現金化しやすそうだが、これも戻ってきた。失ったのはカメラだけのようだ。彼らとしては、高そうなカメラを奪ったところで良しとしたのだろう。
あぁしかし、僕にはカメラ内のデータが重要だ。カメラならくれてやるしお金を払っても良い。会社から借りたレンズも返して欲しい。そう交渉しようとしたが、言葉も分からない、彼らも暗闇に消えていった。必要最低限のものが戻っただけでよしとすべきなのだろう。

今回失ったのは、カメラのみである。命も無事だし、現金もTCもパスポートも航空券も無事である。幸運だと思う。
これを書いている今、殺されてもおかしくない話だよなと思う。
今回は多分相手がチンピラというか、そこらへんの兄ちゃんなんだろうが、抵抗して殺される話ってあるもんな。でも実際、しつこく追いかけたから航空券やTC、日記を書いているPDAが戻ってきた。それらを失っていたら旅の継続は困難になっていただろう。あきらめたほうが良いのか、しつこいほうが良いのか、どっちが良いのかはわからない。ケースバイケースなんだろうけど。
まぁ、いかなる時も油断してはいけないし、どんなときも気合は必要だろう。

少しくらい治安の悪いところへ行っても、そう滅多に僕のことを襲ってくることはないだろうと思っていた。汚い格好をしているし、女でもないし、体格もそれなりだし、襲ってもメリットはないし楽でもないだろうと勝手に判断していたが、それはおごりだった。あと、怪しいと思った瞬間にすぐ逃げるべきだったのだろう。それでも追っかけてくるだろうし、サンダルに腰には重いカメラをつけていて追いつかれそうだが、もうちょっと有利に戦えたかもしれない。

カメラはこの旅のために買ったものだ。EOS-kiss Digital。通称キスデジ。次のモデルまで待つ積もりだったが、旅に備えて急遽購入。僕は金に糸目をつけない貧乏旅行をしているのだ。デジタルで一眼レフであることを生かして、星の写真でも確実に仕事をしてくれた。
が、所詮は工業製品。買い直すことができる。
会社で借りたレンズは、はっきりいって痛い。この前も水没させてばかりなので密かに弁償して涼しい顔をしていたいところだが、いくらになるのだろうか。考えたくもないが、2本あわせて今回の総被害額の半分以上はしめるだろう。とんだ散財だ。

取り戻すことのできないのは、データだ。これまでの旅の記録だ。金額にすれば1円にもならないが、100億円払ってもとり戻すことはできない。500枚の写真は、強盗たちに消されてしまうだろう。
そんな貴重なものだから機会があればCDRに焼こうと思っていたが、それもかなわず。

多分僕の旅行の最大の目的は、写真を撮って旅行記をつけることだ。自分の行なったことを残しておきたい、誰かに伝えたいということなのだと思う。これが僕の方法だと、世の中に向かって問いかけたい。自転車と一緒になくしたフィルム2本とともに、その手段の一角を失った。
しかたがないので、今こうしてキーボードを叩いている。

宿のおばさんのすすめに従って、警察へ行く。警察につくとパスポートを持ってきて、それから病院に行って、もう一度来いとのこと。お役所ではたらい回し。
旅行保険に入っているわけでもないし、まぁ警察に行ってもカメラと自転車が戻ってくることもないだろうとは思う。英語もなかなか通じないし、もう疲れた。

というわけで、今日の体で覚えるイタリア語講座。
Aiuto! (アユート!)
助けて!

いつだったか、姉と一緒にみた教育テレビでたまたまやっていたのが頭の片隅に残っている。ひょうきんなイタリア人が、全然深刻そうでなくこの言葉を叫んでいた、まさか実際にそれを使う日がやってくるとは。しかし僕が日本語の場合は「助けて!」とは叫ばないだろうな。
襲われた瞬間はとにかくびっくりするが、とりあえず何でもかんでも叫んでおいたほうが良いかと思う。別に言語は問わないが、相手としてはそのほうがやりにくいことは確かだろう。相手がナイフや銃を持っている場合は、経験がないのでわからないが。

(2004 8/17)