8/18 トリノ敗退

朝、目を覚ますと僕は最も身軽な旅行者になっている。
すなわち、現在の持ち物はパスポート、航空券、クレジットカード、財布と昨日買った着替え、リュックにガイドブックやPDAのたぐい、それに健康な体だけ。一応、他人に頼らなくても旅を続けられる最低限のものが残った。あるいは、荷物が少なくなってスムーズに帰国できるようになった。もう空港の荷物検査で引っ掛かることも、重い荷物引きずることもない。
テントの中で蚊をつぶしていた昨日の朝とはえらい違いだ。昨日は食料さえ補給していけば、それだけで生活できるものがそろっていたのだが。明日の朝はどんなあさになるだろう。

さて、僕は病院と警察にいく必要があるだろうか。強盗に教われ、顔を数発殴られた。試合の後のボクサーのように、ますますハンサムになった。
が、みかけは派手だが、それほど痛みはない。裸足でおっかけて足の裏がじんじんするのと、口を大きく開けると所々のたんこぶが痛むというくらいだ。まったく問題はない。
病院行ってお互い片言の英語でやりとりしたってわけわからないだろう。時間の無駄だ。

警察に行ったところでどうなるだろう。昨日の夜とは違って英語のわかる職員は居るだろうから、少しは話が通じるかもしれない。
だが僕の自転車は帰ってくるだろうか。カメラと写真は帰ってくるだろうか。まぁ届出をだしておけば出さないよりも帰ってくる確立は高いだろうが、その率は宝くじを買って、一億円当たる確立と同程度だろう。たまたま取り調べを厳しくしていたら、窃盗品らしい自転車を押収しました、なんてことはあるだろうか。
僕が彼らにしてもらえるのは、事故証明書いてもらうのとほんの少しの同情くらいだろう。こちらから求めるのも、がんばって治安良くしてね、とお願いするくらいだ。
僕は旅行保険に入っていない。自分の身を守るのは保険ではなく自分自身だという考え方からだが、こうなると入っておいても良いかもしれない。とはいえ、お金が帰ってくるだけで撮った写真は戻ってこない。やはり重要なものは自分の責任でしか守れないと思う。

というわけで、宝くじを買うための時間はほかのことに有効活用したほうが良い。
今のところ、山に登る前の日記を更新できていない。
ネット喫茶は昨日のスラム街に2,3軒あるのは知っているが、昼とは言えさすがにもう近づきたくないし、あのへんの店は悪の組織が経営しているのではないかとかんぐってしまう。たとえわずかな金額でも、そんなところにお金を流したくない。ガイドブックによると、他にも何軒かあるようだ。
ところがこれが見つからない。歩き、迷い、やっと地図の感覚がわかってその場所へ着いてもお店がない。つぶれたのだろうか。結局、2時間歩きまわっても見つからず、あきらめる。
もうトリノには負けっぱなし。ユベントスなんて大嫌いだ!
さっさと次の街へ出発してしまいたいところだったが、1時間に1本のミラノ行きの電車を逃し、もう最後まで負けっぱなし。



不機嫌。
街行く人が僕を見照りかえる理由が、大げさな荷物をつけた自転車から、タンコブ顔へと変わる。
電車に乗ってトリノを後にする。

都会はもういやだ。襲われるし。道に迷うし、お店が多くてどこで何を買ったら良いかわからないし。
今日はもうどこか田舎のユースホステルでも行って、のんびりと日記を書いていたい。

かねてからの予定どおり、トスカーナのアレッツォに行くことにした。交通の便も良く、歩ける範囲に良いユースホステルがあるようだ。

トリノ→ミラノ→フィレンツェ→アレッツォと電車にのり替え、トリノからアレッツォまで7時間かかった。もう自転車はないので、のり替えも楽だ。

フィレンツェで19時。ここで下りたほうが宿は盗りやすいかとも思ったが、なるべく人の集まるところは避けよう。3失点目を喫するわけにはいかない。

アレッツォ。ユースホステルは城壁の外にある。途中、散歩をしているおじいさんに声をかけられ、道を教えてもらう。
おじいさんはこちらがイタリア語わからないこともかまわずに色々話しかけてくるが、「Si」とか「ジャッポネーゼ」とか適当に答えておく。そう、こういうところに来たかった。

ユースホステル。広大な公園の中央にある、とてもきれいなところだ。高級ホテルといわれても誰も疑わないのではないか。
何だか今日は身体障害者の団体が泊まっているようで、車椅子がぞろぞろ、陽気に奇声をあげている。
それ以外の宿泊者はどうも僕だけのようだ。
まぁこれなら襲われる心配もないだろう。

(2004 8/18)