上越国境
谷川岳岳
たにがわだけ

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2007年 1月20日−1月21日

一口に雪と言っても色々だ。高緯度に棲む人々、アイヌだかイヌイットだかそこら辺の人々は、「雪」を意味するいくつもの言葉を持っていると言う。なるほど、十や二十はあっても良さそうだ。今回の谷川岳雪洞ツアーではそんなことを実感した。

今回もガイド登山。ここのところ、複数の友人が雪山にハマリ始めていて、せっせと防寒具や装備を買いそろえ、大変なペースで山登りに出かけている。そのうちの一人が雪洞ツアーに申し込んだが一緒にどうかと誘ってきた。
僕も雪洞に泊まると言うのは昔からあこがれていたし、僕との登山がきっかけで山登りを始めた友人が僕のやっていないことを先にやってしまうのはずるい。一緒に行かない手はない。

アルパインガイドオフィス 長岡

世界中の他の山を圧倒した数の遭難者を出し、「魔の山」として有名な谷川岳だが、それは岩登りをやる人にとっての性格が強いのだと思う。谷川岳を形容するもう一つの言葉に、「近くて良い山」というのがある。アクセスは良く、標高2000mに届かないのに一級の山岳風景。今回の天神尾根からのロープウェイを使ったルートでは、たおやかな稜線を結構簡単に登れる。登山者が多いのもうなずける。登山者だけでなく、スキーヤーやスノーボーダーもゲレンデの外の世界にも飛び出してきている。スノーシューはいたりシール登高したり(スキー板の裏につける、方向性のある滑りどめ)、あれで自由に動きまわるのも気持ち良さそうだ。

歩いているときは、雪は大変曖昧な存在だ。輪郭がはっきりしない。 同じように見えても、ほどよいクッションを利かせて歩きやすくなっているところもあれば、歩くたびに落し穴にはまるようなフカフカのところもある。カチカチに凍っているところもある。 風に吹かれれば形を変えるし、積もりすぎれば怒涛のように雪崩る。どこまでが雪なのか、きちんと実感できない。今年は大変雪が少ないと言うことで、木々も半分くらいの高さを露出しているが、これが全部埋まるのが普通らしい。こんな急激な地形に、雪のように曖昧な物質の微粒子が数mも積もって、その上を普通に歩けるというのはどうも不思議だ。


長岡さんは、雪の斜面におもむろに穴を掘り始める。雪の深いところを探しているらしい。

今日は頂上は踏まない。ちょっと歩いて、尾根の下の吹きだまりに寝床をこさえる。
このときにスコップを使って掘り下げていくのだが、こうすると先程の疑問がだいぶ解消される。穴を彫った切断面を見れば、その雪の履歴と現在の状態が分かる。下のほうが固くて上が柔らかいくらいなら想像できたが、どの程度固さが違うのか、ここで新雪が降って境界線ができて、雪崩のときはこういうところから発生する、なんてことを教わる。こういうものは机上で教わるよりも、実物を見て触れば一目瞭然だ。


雪洞の作りかた

1.雪深いところを探し、穴を掘る

2.横穴を掘る

3.画面に垂直方向に堀り、空間を広げる

4.できあがり

5.下にテラスも作った


大展望テラスでの夕食

しかしスコップの力は偉大だぞ。
もう雪とスコップと経験があれば、大概のものは作れてしまう。家も作れるし食卓も作った。道もトイレも作った。暖めれば、料理用の水にもなる。我々平地で育った者にとっては、雪とは美しい憧れの存在、あるいは冷たくて迷惑な存在、と言う程度にしか認識できない。でも雪を身近に感じる生活を送る人たち、エスキモーなんかにとっては、もしかしたら雪は天からのありがたい送りものなのかもしれない。 雪洞の中

確かに雪洞の中は暖かい。
奥多摩あたりの避難小屋でも、朝になると水筒の水はガチガチに凍るが、雪洞の中では水のままだ。 一度穴ぐらの中で落ち着いてしまえば、あまり外には出たくない。冬眠を始めたクマの気持ちが、極めて容易に実感できる。

雪洞の中を、ムカデだかハサミムシだかの虫けらがいっぴき歩いていた。積雪不足のため、山の地肌が露出するまで掘ったので、冬眠を起こしてしまったのだろう。(それとも、積雪の下の世界で生命活動を続けているのだろうか)
すまん。まだ春ではない。ちょっと悪いことをした。

雪洞とオリオン
とはいえ、今夜は無風、快晴。星の写真も撮りにいく。
風が無いのは素晴らしいな。

朝。
静かな、我々だけの大展望。暖かい日差しを浴びながら、雪のテラスで紅茶をすする。このテーブル自体が展望台となっている。スイスの山岳ホテルにでもいるようだ。
この界隈の自然は、ひとたび勢いづけば人間の命を容易に奪うだけの力を備えているはずだ。しかし今はそんなそぶりをまったく見せず、ただただ平和で美しい。

長い晴天ではないだろう。予報でもそう言っているし、それを示しているらしき雲の兆候もある。だが、急激に悪化するものではない。我々の行動中は大丈夫だろう。

いつまででもぼーっとしていたい気分だが、人が来ないうちに山頂踏みに行こうと言うのも正しい判断だ。荷物の大部分は雪洞に置いて出発する。
雪山登山と言っても、アイスクライミングやっているわけではない。白い世界の中、点々と続く踏み跡を追って淡々と歩いていくだけだ。華麗なテクニックや特別な能力が無くても雪山は登れるらしい。 発達しつつある雪庇なんかを見ると、随分とスゲエところにいるんだなとか、踏みぬいたら死んでしまうだろうなとかも思うものの、現実としては足跡が続いていて、実際に何人も平気に歩いている。風もなく視界も素晴らしいこの状況下では、特に緊張も不安もなく通過できてしまう。


オキの耳より振り返るトマの耳。あんな危なげなところにいたのか。

風が無いので、頂上でもゆっくりできる。
「小さいころからおばあちゃん子でね、山行くと随分と心配かけましたよ」
「映画『クライマーズハイ』の撮影は大変素晴らしいものでした。ぜひ一回見てください」
長岡さんのそんな話が面白かった。

スキーほどではないが、下りはずいぶんと早い。再び雪洞に戻り、テラスでお茶。
ここからリフト乗り場までは、ほんの一がんばり。我々の登山終了にあわせて、終始ご機嫌だった太陽も曇り始めてきた。


雪が少なく、雪洞を掘るのはギリギリの状態だった。
天井が薄くなって強度不足。沈下してきたが、陥没は免れた。


使った雪洞は破壊する

今日のごはん 谷川岳



星の写真集出しました。
このときの写真使ってます。

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