高川山

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2001年12月31日-2002年1月1日

何もお正月なんて家でゆっくりしていれば良いのだが、山に登って冬の夕暮れだの初費に染まる富士だのを見に行こうなどと思いついてしまった。
こうなれば後は勢いだ。

富士の足もと、杓子山への計画をたてる。しかしちょっと勢いが足りなかった。 出発が遅れて日の入りまでに到着できないことがわかった。したがって計画変更。アクセスが良く、標高も低い高川山に行くことにしよう。

本当に簡単に登れる山で、道標も完璧、1時間半もあれば頂上だ。
その頂上はその標高からは考えられないような、360度の展望が得られる。
期待以上だ。

頂上にはテントがもう1つ、数人がいた。若者グループと単独行のおじさん。 まぁ大晦日の人気の低山ならそんなところだろう。

夕暮れを眺めながらテント設営。しかし本当に眺めが良い。ほれぼれする。

まず目を引くのが、刻一刻と濃度を変えるグラデーションを背景に従えた富士の大きなシルエット。
その富士を水源に、富士急沿線の町が作る光の川が流れている。

背後に目をやると、西方の山の裾野からもう一本の光の川。こちらは中央線沿線だ。
里帰りなのか、東京方面から中央道を走る車が目立つ。山頂から見る車のヘッドランプは、高速道路とのイメージからはかけ離れた、ゆっくりとしたながれだ。

2本の川は大月で合流し、東方の光の海を目指す。
その周りを静かに山々が囲む。 富士の右手には三つ峠。山頂のアンテナが夕日を浴びて一瞬輝く。 左手には富士急の対岸に丹沢山塊。背後から西には中央線沿線の山々がとり囲む。 滝子山が大きい。
日が暮れていくに連れ、2本の光の川は浮かびあがってくる。

川の合流地点、大月の町の向こうに赤い月がのぼってきたころ、若者のテント組のひとりと挨拶を交わした。






近年の中高年登山ブームのおかげで、山で会う人はおじさんおばさんばかりだが、同世代の人と会うのは珍しい。山頂テント泊ならなおさらだ。
後で聞くと、向こうも同じ感想を持っていたようだ。

マッチを貸したり鍋を借りたりしているうちに仲良くなった。
単独行同士ならすぐにいろいろな話ができるが、団体客と居合わせた場合、彼らは身内としか打ち解けない場合が多い。しかし今回はその心配は杞憂に終わった。
寒く孤独な夜も、仲間ができれば心強い。

だいたいたった一つしかない鍋の、底にあいた穴を見つけた時点でアウトだ。 このとき僕一人だったら、インスタントラーメンをベビースターにして食べなければならないところだった。

彼らのテントに案内してもらった。彼らは3人組で、高校時代のクラブ仲間で毎年このあたりの山で年越をしているという。僕とはそれぞれ一つ上、同いどし、一つ下で、本当に同世代だ。 紅白を聞きながら結構いろいろな話で盛りあがった。

その後自宅に戻り、レンズを空に向けてシャッターをきる。今回は月が明るいので星の写真はあまり期待していなかったが、何かをとっていないと落ち着かないところがあるかもしれない。竿を出していれば満足する釣りびとと同じだ。

朝が近づいてくると、登山者の足音も近づいてくる。 これだけの展望なのだから、ご来光を拝みにくる人もいるだろう。 あたりが明るくなるにつれ、その数はどんどん増えていき、日の出のころには50人くらいになっただろうか。

お酒をふるまうおじさんがいる。山頂で同窓会を始める団体もいる。犬づれ、子供づれなども登ってくる。 一晩中ここに居たのですか、と驚かれてしまった。

初日の出は丹沢にかかる雲の上からあがった。それとともに、地元のおじさんの音頭で山頂の全員で万歳三唱。日ノ出はあまり明確ではなかったが、飛行機雲は今年最初の光に赤く染められていた。

太陽が昇っていくと人々は下山を始め、結局最後まで残っていたのは2つのテントだ。帰りは3人といっしょに降りることにした。
下りは女坂から。大月からのコースは3,4本あるが、時間的には大差ないようだ。

駅前の八幡荘というところで入浴ができる。
入浴後、おでんをサービスしてくれるのだが、お正月ということでさらにきんとん、なますが追加された。畳じきの足の低いテーブルは何だか本当の田舎に帰ったかのようだった。


コースタイム 14:20 初狩 15:40山頂

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