かっぽれ丸乗船

もう、何が何だかよく覚えてはいない。
残っているのは狂った三半器官、全身の疲労感、数匹の魚、それともしかしたら少しの満足感。

これまで何度か「釣り天国」と呼ばれるようなところで釣りをしたことがある。たしかにそういうところには大物がいることは事実であった。が、天国といえどそこには現実があって、誰でも大物がばんばん釣れるわけではない、ということがわかってきた。
ここ、小笠原も釣り天国といって良いところだそうだ。で、今日は船に乗ってみた。船ならば間違いなく釣れるだろう。
乗ったのは「かっぽれ丸」。乗り合い船なのだが、客は僕ともう一人常連さんがいるのみ。
確かに良く釣れる。何しろ一投目から魚がかかった。
釣れたのは赤い魚。カサゴのお化けのような、ハタ系の魚で、そこそこ美味しいらしい。島の名物に「アカバ」という魚がいるが、これだったかもしれない。期待していた回遊魚系のものではなかったが、大物への期待は高まる。

ヤツは結構急にやってきた。大物のあたりより先にやってきた。腹の底からするりと出ていき、本日一度目のダウン。
船長の「寝ていなさい」との声に従いデッキで昼寝。陽光を浴びながら昼寝している分には気持ちが良い。が、寝ていると釣りができない。釣りをすると気持ち悪くなる。
ずっと寝ているのでは、何のために船に乗っているのかわからない。
あぁ、このジレンマから抜け出せない。

それでも何度か竿を出してみる。吐いては釣る。するとたまにアタリがあり、たまに釣れる。
ハリスには20号とか30号とかいうぶっといものを使っている。細めのワイヤー程度の強度はありそうだが、それでも糸を切られてしまう。普段東京湾で釣りをしている身としては、「オーパ、オーパ」とでも言っておいたほうが良いかもしれない。

のこり約1時間。最後の一頑張り。
モウロウとした頭で釣りを続ける。あと30秒であたりがなければ吐いてしまう。
―あぁ吐いてしまった。
吐いてしまえばしばらくは楽になる。さぁ頑張るぞ。
しばらくというのは3分か10分か、酔った頭ではよくわからない。

酔いへの恐怖が酔いへの引きがねとなるのかもしれない。例えばこの下を走っているはずの大物の群れを想像してみる。
例えば周囲の景色に見取れてみる。例えば淫らな妄想を浮かべてみる。それでもやっぱり船酔いは払拭されない。
吐こうが酔おうが、とにかく釣りを続ける。意志や思考、感情などはもうすべてはぎとられている。頭の中の大部分は気持ち悪いというのが占め、残りの部分にきれいな海だなぁというのと、大物を釣りあげたいという意地が交互に浮かびあがる。

ピクンとくる。巻きあげる。ものすごい力で引っ張られる。
アタリだ。
巻きあげる。引っ張られる。糸を送る。竿を立てる。竿が満月に曲がる。
無理して引っ張っても切られてしまうし、油断して緩めると針を外されてしまう。
船長に「逃がしたらぶっころすぞ」などと励まされるも、結局ラインブレイク。ズタズタになったハリスから判断するに、サメだったのだろう、とのこと。

結局、ハタ系の魚3匹、エサのアジより一回り大きいだけの魚1匹、バラシ2回(10kgの大物?1回とサメ?1回)という釣果に終わった。半分以上寝ていたことを考えると、悪くないのかもしれない。
同船したおじさんも含め、カンパチ、シマアジなどの回遊魚は釣れなかった。水温が低く、状況は良くなかったらしい。
釣れたハタ系の魚のほうが市場の価格は高かったりするようだが、あいつらはある程度の高さまで巻きあげると、ぐったりと抵抗できなくなる。やっぱり暴れるカンパチを釣りあげ、刺し身にしてやろうという方が満足感は大きいだろうなぁ。

(2004 4/30)


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