マルセイユ

太陽の輝くプロバンス地方も、朝は涼しい。本来なら早いうちに出発して距離を稼ぐべきだが、いつもゆっくりしてしまう。
太陽はだいたい7時ごろに昇る。日が沈むのは遅いが、昇るのも遅い。緯度もそう違わないだろうから昼間の長さも日本と変わらないのだろう。昼間がずれているのは、もしかしたら今はサマータイムなのかもしれない。

午前中はカシスを経由し、マルセイユを目指す。マルセイユの手前にある小さな集落は地形にしきられていて、隣の集落に行くときは坂を登り降りしなければならない。
確かに登りはきついが、峠を越した瞬間から始まる世界の素晴らしいこと!
黙々とため込んできた位置エネルギーがスピードに変わっていく。苦労しなくてもどんどん前に進むのだ。横を追いぬいていった車と同じくらいの速さになり、どうどうと道の真ん中を走れる。
セミの声は風の歌に消えていく。深い森はぶどう畑となる。眼下に町が見える。入り江の向こうには青い海が輝いている。

フランス第2の都市にして、ジダンを産んだ町、マルセイユ。
なんかやっぱり都会はいやだ。道が多くて車が多くて人が多い。道に迷うしほこりっぽい。そこらじゅうで工事をしており、パトカーだか救急車だか、ひっきりなしにサイレンを鳴らしている。
この街でやらなければならないことは、買い物と切符の手配。すなわち、この街から電車に乗り、山の麓を目指す。南仏プロバンス海編の最終地点である。
「海外自転車旅行」といっても、そこで発生する諸問題は、ほぼ「海外旅行」と「自転車旅行」で起こる問題を足しあわせたものとなる。2つが組あわさって新たに生じる問題としては、どうやって自転車を運ぶかというのがある。成田でもそうだったが、フランス国内の自転車輸送も出発前に完全な情報が得られず、不安要素となっていたことだ。

昼食後、買い物を終わらせる。やはり知らない街では買い物一つするのにも非効率的だ。
念願のガスカートリッジを手に入れた。やはり登山用品点にはあった。Self Sealedと書いてあって、カートリッジ側に弁があり、ネジでとりはずしできる。日本で普通売っているタイプ。
フランスのスーパーなどで売っているのは缶詰のように缶の中にガスが入っているだけ。コンロに取り付けると穴があいてガスを取り出せるようだが、そうなると一度組みつけたら分解できない、ということだろう。
何だかヨーロッパくんだりまできてガスカートリッジの話ばかりして恐縮だが、衣食住すべてを持ち歩く自転車旅行において、食の中核をなす道具なだけにしかたがない。衣は汚いTシャツ、住は薄っぺらいテントなのだが。

そして駅へ向かう。何だか銀河鉄道も発着できそうな、立派なところだ。
さて、言いたい場所が決まっているだけで、時刻も分からないし自転車を乗せられるかも分からない。時刻表を見ると自転車を裸で乗せられる電車にはそういうマークがある。半分以上の電車には乗せられるようだ。が、僕の乗ろうとしている路線はマイナーなので時刻表が置いていないようだ。
窓口で聞いてみる。言葉の問題もあり、対応してくれた人によって答えが違って正確なところはよく分からない。結局、前輪はずして袋に入れれば乗せられる、ということになった。(こうすればほぼすべて電車に乗せられるようだ。)
電車は18:50発、23:25着。着いてしまえば山の麓だ。テントをはるところくらいどうにかなるだろう。

出発までは1時間半ほど時間がある。荷物の梱包を考えたらカフェでゆっくりしていよう。
そして気付く。自転車分解用の工具がない!これではキャリアがはずせない。また、今後トラブルがあったときに修理することができない。
思い当たることはある。先日モール山塊の中の道路脇で休憩していたときのことだ。あ、工具落ちてる、拾わなくちゃと思ったところまでは覚えているが、本当に拾ったかどうかは自信がない。あのときの疲労度からすれば、思っただけですぐに忘れてたということは十分ありえる。
さいわいまだ時間はある。さきほどガスを買ったスポーツ用品点で買って戻ってくれば良いだけだ。

売ってない!パンク修理用品は売っているのに置いてない!
六角レンチ一つである。日本ならたいていの100円ショップに売っている。ホームセンターでもあれば売ってるだろう。
だがこの大都会、どこに何が売っているか分からない。電気屋、ラジコン屋、バイク屋など手あたり次第に探すが、見つからない。あせってうろうろしていたら、万引きの取り調べまで受ける始末。
道端で声をかけてくれた陽気な自転車乗りの兄ちゃんに自転車やさんの場所を聞くが、あえなく閉店。あぁもうだめだ。
たかが工具一つでだめになった。大変悔しいが、一人旅ってそういう物なのかもしれない。僕がしているのはそういう旅だ。しかたがない。

とにかく駅へ行き、キャンセルをする。何だか都会で宿を探すのは嫌だし、そのまま自転車のっけられる電車に変えて、途中まで行ってしまおうかと思った。が、買ったチケットで明日の電車に乗れるようだ。冷静に考えれば、深夜の田舎の駅で途方に暮れるより、今ここで安宿見つけたほうが現実的だ。たかが半日遅れるだけだ。制限時間があったからあせっただけで、時間があれば解決できる問題だ。

古い港町だ。安宿は多い。が、結構うまっている。5軒目にして見つけた宿は、40ユーロ、約5000円。500円1000円惜しんで手間を増やしてもしかたがないのでそこにする。足下見られてぼられたかと思ったが、シャワー付き、ダブルの部屋だったので妥当だろう。僕が入った後に「Complet」のサインを出していたので助かったのかもしれない。

(2004 8/12)