今年のゴールデンウィークから観光客にも開放された三宅島。今年の母島メンバー6人でやってきた。
白骨のように枯れ果てた木々が印象的。ガスマスクの携帯が義務づけられているが、民宿のおじちゃんの話では「そんなもんつけてる人いないよ」。ときおり硫黄の臭いが風に運ばれてくるが、まぁ温泉街程度だと考える。特に危険も感じられない。
くさやを頼んで一騒動。僕は好きだが、「私の人生始まって以来の屈辱的な味」だそうだ。
旅先でスーパーへ寄るのは面白い。その土地で何が採れ、どんなものを食べ、どんな生活をしているかがよくわかる。 地物は魚が数種類、野菜が少々。くさや屋さんも「漁師が戻らず魚が少ない」とのことで休業していた。復興もまだまだ道のなかば。
イルカスイミングというと御蔵島が有名だが、三宅島からでもツアーがあるという。確かに御蔵島はすぐそこ、船乗れば1時間足らずだ。御蔵島は民宿も少なく、あっという間に予約が埋まる上、港が小さく船がなかなかつかない。イルカを見ることを目的とするならば、御蔵島よりも三宅島にとまったほうが計画立てやすいというのは、確かにそのとおりだと思う。 だが我々の場合は、全員小笠原で既にイルカを見ている。そしてそこまでのイルカフリークではない。一人12,000円というのは高すぎると感じ、シュノーケリングと観光を選択した。イルカ好きな方はどうぞ。
三宅島全土が危険なわけではないが、全土が安全なわけでもない。島にあるいくつかの集落のうち、この三池集落のみはまだ居住許可がおりず、文字どおり死の村となっている。風向きと火口付近の地形から、この地区に硫黄ガスが流れ込む。 人の手が入っていない家、村というのは本当にとっても悲しい。
避難生活5年間。生まれたての赤ん坊が幼稚園を卒業する年数、中1ならば高2に、受験生なら浪人して大学でて就職浪人になるまでの年数だ。長いよなぁ。
内地で仕事見つけて生活のサイクルできてしまえば帰りにくいだろうし、その子供は5年間育った内地のほうをふるさとだと感じてしまうだろう。
付近に充満しているのは二酸化硫黄、水と反応すると硫酸になる。すなわちこの地区では、硫酸の雨が降る。結果、多くの金属は融解する。
車は外気に露出している部分から溶けていく。洗濯機などの家電類は表面の金属部分のみ溶け、プラスチック部分が残る。トタン屋根も、手すりも、樹木のの表皮も硫酸の雨にやられる。すべて溶けてしまえば良いが、残った部分は粗大ごみでしかない。
休校中の小学校が、海上に浮かぶ限られた土地でのごみの行き先となっていた。不法投棄らしい。
ここのところ頻繁に伊豆諸島界隈へ行っている。釣り竿の2,3本はたしなみとして持っていく。 が、結局は泳いで酒呑んで、釣りをしないというパターンがほとんどだ。この流れを絶ちきるべく、泳ぎ釣りに挑戦。釣り糸とエサをもって、シュノーケリングして見ながら釣る。時間もなく、魚の少ないところだったので釣果はなかったが、これは釣れる気がする。またやってみよう。 船は2時ごろ出発し、6,7時間の行程。到着は早朝の5時だから、前日の夜竹芝を出て、朝からイルカツアー、昼ご飯食べて船のって夜東京へ戻るというような日帰りツアーだって可能なわけだ。 疲れそうではあるが、船は乗っているだけで良いので、伊豆あたりに日帰りで行くのと同程度の負荷ではなかろうか。
脱硫装置。部屋を密閉し、観賞魚のろ過装置のようにして使う。
装置だけでなく内装から工事しなければならないからお金がかかりそうだ。
民宿の方の話を聞く。色々な不満、不安を聞いたが、その矛先はほぼすべて行政に向けて。自然や火山に対しては一言も出なかったのが印象的。
内輪の三面ネタをリアルタイムで見ることができ、大変盛りあがった。
台風来たので早めの帰宅が奨励される。ということで、仕事を切り上げて同年輩の同僚と呑みに行った。
また説教されてしまった。彼の意見もそのとおりだし、大変ありがたい。いちいち言ってくれる人がそれほど多いわけでもない。
しかし僕はこれで楽しいのだし、余計なお世話と言ってしまえばそれまでだ。僕の意見を納得させることは不可能なのだが、まぁなんというか返答に窮する。うーん。