北アルプス
西穂高岳独標
にしほだかだけどっぴょう

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2009年3月20-22日

積雪期の北アルプスは、やっぱり格好いい。
その格好良さを味わうには、命懸けの行動が必須、というわけではない。わりと簡単に味わえるところだってある。

西穂高の稜線は、その先に穂高核心部、槍ヶ岳の超難所地帯を持ちながら、ロープウェイと営業小屋の恩恵により1年中容易に入山できる貴重なエリアである。 ロープウェイ使って往復するだけじゃ物足りないから、春分の日の3連休は西穂往復後に上高地へ下る計画とした。
上から穂高連峰見渡した後に、下から梓川越しに見上げる。車道が閉鎖された、静寂の上高地を味わうのも面白いだろう。

当初は徳沢園の冬季小屋に1泊するつもりだったが、前日に連絡してみると満員とのこと。 山小屋で宿泊断られることって珍しいが、最近は冬の上高地も人気あるようだし、冬季は臨時営業みたいなものらしいで仕方が無いのかもしれない。 テント泊の可能性も出てきて、直前であわててパッキング見直し。そのためもあって予定していた電車に乗り損ね、松本駅まで友人に迎えに来てもらうこととなった。
なお、今回は連休の渋滞を避けるために電車を使ったが、関東からだと冬季は新宿−平湯の高速バスが便利なんじゃないかと思う。


ロープウェイは乳を流しこんだような白い空気の中を走る

天気予報は、今回もまた直前で良くなっていき、中央線からの車窓はだんだん青空が回復していく。 これが安房トンネルを越えて日本海側へ出ると、まだ回復しきっていない様子。ま、晴れていくのは間違いないだろう。


ロープウェイ頂上駅から樹林帯の中を1時間も歩くと小屋に着く。
多少登りではあるものの、何の苦労も無く、寝袋を強引にくくりつけたようなパッキングでも何の問題も無く、あっさり小屋に到着。たいへん容易だった。
空は明るくなりつつあるものの、まだガスが切れずに展望は楽しめない。場合によっては独標までいって来ようかと思ってたが、躊躇せずに小屋でビールを楽しむことにする。


そのあたりは「今日のごはん」参照


そして夜


朝がくれば1日が始まる。
それは普通の登山者の場合。我々のようにほぼ一晩中星の写真撮ってた者にとっては(途中少しは眠るが)、日の出は一つの区切りであり、むしろ試合終了のイベントと云っても良い。
今日もきれいにご来光拝んだところで、ヤレヤレと小屋に戻り、体を暖めて朝食にする。

もう一度朝寝をしたいところだが、山の朝は早い。皆さんバタバタと出掛け、小屋も片付けが始まる。
そんな状況でテントがあるのはありがたい。朝日に暖められたテント内で、しばらく仮眠。 2泊目のためにテントを持っていくこととなって、どうせなら消灯後の撮影時にも使えるだろうと設置しておいた。
成り行き上、今回は小屋に泊まりながらテントも張るという珍しい形態をとることになったが、暖かい部屋に加え、自分のスペースがあるというのは便利なものだ。手間も金もかかるのでお薦めはしないが。

星空は一晩中美しかった。
ということはだいたいの場合、その翌日は大変すばらしい1日になるということであり、今回もその好例である。テント内で朝寝をしてるのも気持ち良いが、稜線を歩いていくのも気持ちが良いはずだ。さぁそろそろでかけようか。


山の上で凧揚げ。稜線の風を受け、ぐいぐい引っ張られる。

青い空を背景に、穂高連峰はカッコよく続いている。世界は光り輝き、稜線出れば風は少しあるものの、凶暴ではない。友好的で美しい。

山肌は、これぞまさしくアイゼン、ピッケルを使うのにふさわしい雪質。
一歩一歩、爪がキシキシと斜面をしっかりとらえる。どこであろうと自由に登れる。この状況に最も適した装備であるし、この道具を使って最も快適な状況である。

あまりにも気持ち良く歩ける。
余裕こいて岩場登ってたら、コンパクトカメラを滑落させた。 岩場をカンカン落ちていき、ツルツルに凍った斜面を奈落の底まで落ちていった。
まぁ仕方が無い。調子のりすぎんなということだな。貴重なデータがそんなに入っていなかったのがせめてもの慰め。


独標の頂上からは、ピラミッドピークや西穂の主峰、奥穂や前穂なんかが見える。この先は岩場が続くので、今回はここまでとする。
あまりにも快適で、頂上にずいぶんと長居した。1時間くらい居たかもしれない。

ずいぶん長居してしまったが、小屋から上高地までは、地図上の標準タイムで2時間程度。 雪の尾根道の下り、そう苦労することは無いだろう。昼飯軽目にして、さっさと行動しよう。
まぁしかし、昼飯食ってビール飲んだら軽く昼寝もしたくなる。天気予報聞いて今晩の酒も補給して、出発は14時半くらいだったと思う。


おもちゃレンズ、「Lenzbaby」の使い方のコツが分かってきた。
これで大概のものは写せるね。

この連休この好天で、登山者は多い。が、だいたいの登山者はそのままロープウェイまで戻って行くようだ。上高地への樹林帯の道は、トレースもぐっと少なくなる。そして、午後になって気温が上がったからか、雪が緩んできて歩きにくい。

ワカンをはけば、多分多少まし。沈みにくくはなってる。
とはいえ、場所によっては足を取られる。 下り斜面で足を取られたまま前に転ぶと大変だ。足が刺さった方向にまっすぐ力がかけられず抜くことができない。身動きが取れなくなる。ワカンはいてるぶんだけ、さらに抜けにくくなってる。とりあえず笑うことくらいしかできない。
重労働であるが、楽しいことは楽しい。 急斜面ではケツで滑ったり、ボコボコ埋まりながらも歩いているが、ペースはだいぶ遅いようだ。

他の登山者は皆無で、途中すれ違ったのはわずかにお姉さんの二人組のみ。しかしこのお姉さんたち、大丈夫だろうか。もう16時である。小屋から1時間強下って来たから、登りなら2時間くらいはかかるんじゃないかと思う。日が暮れてしまうんじゃないかと思う。

我々はもうすぐ着くのかなと思ったが、そうもいかない。まぁペースが上がらないのは、銀マット敷いて滑ってみたり、遊びながら進んでいるからというのもあるが、歩きにくいことには変わりない。
17時には着くと思っていたが、なかなか標高は下がらない。まぁ上高地じゃ夕日見れないし、明るいうちには着くだろう。

18時を過ぎたころ、眼下にようやく人の姿を見つける。散策してる人だろうか。
さらに下ると、テントも見えるようになった。あそこまで行けばゴールかな。

だが、道の様子がどうもおかしい。先行者のトレースはあるが、あまりにも急で踏まれていない。 道というよりは崖に近い。
こりゃどこかで間違えたみたいだ。だがあと一息、無理すれば通れないことも無さそうだ。

無理して通過を試みる。やはり結構危なっかしく、不安定な足場で木をつかんで、ガラガラ滑りながら強引に降りる。

うーん。これじゃ同行者にここの突破を強いるのは酷だ。
なんだか様子が変なので、テントの人達に尋ねてみると、彼らは道を間違えたことに気づき、この場所でビバークすることを決めたらしい。

なんだ畜生そうだったのか。僕は彼らは正しい道を歩いていて、我々がちょっと手前からルート間違えたのかと思っていたが、道を間違えた彼らのトレースを追ってここまで来てしまったのが実情らしい。
この先の沢筋は道があるんだかないんだか、あったとしてもバリエーションルートで我々には無理だ。 正しいルートは向こうの尾根だとのこと。
同行者はここまで降りてこれないし、まだ少し日はある。とりあえず登り返すことにしよう。

しかしこの数十メートル、かなり無理して滑り落ちながら降りてきた。登り返すのは難しい。その右の斜面もルートではないが、アイゼンつけてこちらを強引に登ることにしよう。

しかし、今思い返すとこの判断がこの日一番の悪い判断だったような気がする。
右の斜面から登ったのは、少しは登れそうに見えたこと以外に、そちらに正しいルートがあってテントの人達はそっちから来てたのかなぁという予想があったからだが、その予想が外れたことが分かったのに、なんとなく思い込みは残って、そっちから登れば割とすぐに正しいルートが見つかるかも、という根拠のない判断が働いてしまっていたように思う。

まぁ結果的にはなんとかなったが、その過程は自慢できたものではない。
岩のぼりなんかの危険地帯通過の際は、3点支持をしなさいと言われる。両手両足のうち3カ所を保持し、残りの一つを一歩ずつ進めて行けば安全に行動できるというやつだ。
3点支持できれば相当安全だ。この時は2点支持ができていれば良い方で、左手はしっかりした幹にぶら下がっているが、右手はピッケルを草むらに不安定に刺しているだけ、右足はくずれそうな斜面に乗せているだけの状態で左足を何とか次の視点まで移動させる、みたいなことをやった。

それに加え、「この道を登れば正しい道に出る」という根拠がないまま闇雲に登っているだけだった。努力する方向は考えなくちゃ。とにかくもと下りて来たルートに戻るところからだ。

なんとかして道なき道を脱出し、おりてきたトレースに合流することができたが、途中でずり落ちて進退窮まる状態にならなかったのは、気を抜かずに集中していたからということに加え、運が良かったからというのもあるかもしれない。それにしても、急坂登り返すのに困窮していた友人に追いつくまでにも、ずいぶん時間と体力を使った。

合流した時点で、たしか18時を少し回っていた。僕も難所を越えてハイになっていたし、友人もたぶん疲労と不安を感じてるだろう。まずは落ち着こう。
暗くなり始めた。急斜面に足場を作り、ヘッドライトを取り出して身支度を整える。息を整え、もう一度地図を確認する。

そこから数分登り、ようやく、「西穂山荘⇔上高地」の道標があるところまで登り返して、ちょっと安心。
が、なんかおかしい。ここまで登り返す途中で、ここで間違えたのかというような分岐はなかった。 この道標より下は完全に一本道で、さきほどのテントのところまで行くしかない。
良くわからんが、もう少し登ってみる。再び、オレンジ色の道標発見。ここは正しい道なのだろうか。

だいぶ混乱する。道標2つを正しいとすると、さきほどの場所に行きつくしかないが、それは地図上の道と少し違う気がする。

斜面は、だいぶ緩やかになってきた。この場でテントはってビバークするという判断がある。 明日の朝、明るくなればもう道は間違わないだろう。
それが一つの正解であることはわかっている。

ただまぁ、明日の朝は確実な雨の予報。
快適なのは絶対に上高地まで降りてテント張ることだ。もしかしたら、明日の朝は雨と風でトレース消えて、それはそれで難渋するという要因も出てくる。

完全に真っ暗になった樹林に、うっすらと尾根が見える。先程から、たぶんあっちの尾根が正解だろうと目していたところだ。道標2つが間違ってると仮定すれば、まだ試す手は残っている。ビバークする前に試してみたい。 友人の、迷った時は尾根に出るのがセオリーだという意見も、その通りだと思う。

それが功を奏し、しばらく進むと進行方向に別のトレースを見つける。これでなんとなく道は分かったし、まだ動ける体力も十分にある。ヘッドライトで照らしながら、まだ安全に行動できると判断。今日も星をみながら酒を飲むことにしよう。

やっぱり尾根道が正解。そして先程ビバークしていたおっちゃんが云うように、尾根に引いた電話線が良い目印になる。先行するトレースも、それを目標に歩いているようだ。

しかし、トレースがあるといっても、多くはない。登り下り合わせて10人強なんじゃないだろうか。
広い樹林帯の尾根道だ。歩けるところが多いのでトレースは分散し、何度も見失う。ヘッドライトの暗い光では見通しがきかず、正しい道を時間がかかる。大局では正しい道である確信はあっても、ちゃんと歩けるところを探るのにどうしてもロスが大きい。

まぁ、先ほどと違って不安は無い。この道で大丈夫だろうかという疑問を常に持ち、それに対してこの道はは正しい、という確信をもって歩けている。トレースもあるし、地図でみたイメージ、方位磁針の方向も合っている。


たぶんこのへんで間違えた

それにしても、進まないこと進まないこと。
道が分かったころ、同行者には「20時までには着くだろうから、それまでは頑張ろう」と伝えたが、そのときは本当は30分くらいで着くだろうと思ってた。多めの時間を覚悟した方が精神的に絶望しないだろうから、何倍か余裕をみての発言だったのだが、その時間もあっさり越える。20時を過ぎても20時半を過ぎても、まだ暗い山の中だ。

雪の状態はよくなく、やっぱりたまに足は沈むし、斜面は割と急だ。ことに、同行者はかなりペースが落ちてきている。強靭な体力と根性を誇る彼女も、空腹と疲労でだいぶバテているようだ。

こういう状況下で、どうすれば良いかは知っている。
正しい道を歩いているのだ。いくらペースは遅くても、焦らずにミスらずに歩を進めていけば、必ず目的地に着く。

あとどのくらいで着くのだろう、まだ着かないのかなどとは考えない方が良い。(情報としては判断しておかないといけないが)
既に日は暮れているのだ。いまさら焦っても仕方が無い。木々の合間から星が見え、天候も安定している。ヘッドライトの電池もまだもつ。 ただ確実に一歩一歩進むことだけを考えれば良い。ミスをもう一つ重ねなければ、遠からず目的地へ着くはずだ。目的地までの距離は有限、一定の速さで進んでいれば、必ずいつかは到着する。続けることだけ考えていれば良い。

もしかしたら、僕は充実感さえ感じていたかもしれない。
道迷いは、ほぼ完全に人災である。そしてミス1回では、だいたいの場合事故につながらない。一度のミスは誰でも起こし得るが、そのあとで落ち着いて判断すれば解決できるはずだ。 疲労、暗闇、状況は厳しいが、この時は現状を把握し、確信をもって判断できてる、というのが実感できたからだろうか。

とりあえず、いつでもビバーク可能で、そうすれば安全である。が、道が正しいという確信があって、まだ行動できる。 同行者は疲れているようだが、特に弱音を見せずについてくるし、僕は同行者のペースに合わせてゆっくり歩いてるので実はけっこう楽だ。歩いていれば着くはずだ。

で、ようやく到着したのが21時過ぎ。標準タイム2時間程度のところを、14時半に出て5時間かけたことになる。

まぁ、たまにはこんな感じに痛い目に遭っておいた方が、より臆病かつ果敢になれるんじゃないかと思う。勉強になりました、今後も精進します、という感じ。


冬季閉鎖中のホテルの軒下を借りて、星を見ながら酒を飲んだ。

反省すべきことはいくつかある。
最近は、人気で有名なコースばかり歩いていたので、道を探す感覚を忘れ、油断していた。トレースと道標を追ってれば大丈夫だろと思って、細かい休憩でも地図みてイメージするのを少し怠った。
今回間違えたところは、道標を見てトレースもあった。それらはまず信じるだろうから、多分地図をよく見てても間違えたと思う。 が、地図をもっとよく見ていれば、間違いを気づくのが早かったはずで、その後の対応も速く取れたと思う。 高度計も最近はそんなに見ていなかったが、もっと有効な判断材料として使えたはずだ。 このコースは道迷い注意、という情報は事前に知っていたのだから、もう少し注意すべきだった。

2時間半のコースなら楽だなと、雪の状態の変化を考えずに軽く考えていたのも悪い判断だった。 実際にはかなり難易度が上がっていた。
登山口の最終地点、バス停のところにも、割と違和感のあるところにテントが張ってあった。たぶんこの人たちも、予想以上に困難なコースで時間がかかって、もう人も来ないだろうし歩きたくないってことで、こんなところにテント張ったんじゃないかな、と思う。

一度迷った後の対応は、たぶんビバークが模範解答なのだろうが、その後はそれなりにはミスらずに対応できたのではないかと思う。

まぁとにかく。
イヤハヤ、お疲れさまでした。
長い一日だった。



一晩明けると予報どおり雨。
だがもう難所は越えている。トンネル出口まで時間はかかるが、上高地は既に人間の世界だ。アスファルトの道路が走ってるし、山小屋の関係者らしきお兄さんが見回り?にきていたりする。
ホテルの軒下で梓川を見ながら、ゆっくりと朝食を取れる。まぁ、昨晩に頑張っておいて良かった。

梓川ぞいの散歩道は、気持ちの良いルート。雨もそれなりに降っているが、風がなければ不快感はほとんどない。むしろしっとりして、霧で覆われた大正池なんてのも趣がある。歩きやすいし。

釜トンネル入り口までは、1.5時間程度だったと思う。
冬の上高地も割と気軽なんだなとか思いながら、暗い釜トンネルの中をトタトタ歩いていった。


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