船旅

乗り物は苦手だ。
数ある乗り物の中で最も酔いやすいものといえば、やはり船だろう。だからといって苦手のまま避けていくわけにはいけない。
船に乗らないと釣れない魚がいる。船に乗らないと行けない場所がある。
船酔いの克服というのがここのところのちょっとしたテーマで、船舶免許の取得、レンタルボートの運転、式根島旅行などを通じて、少しは酔わないコツというか、この時は酔わなかったという些細な実績も得つつある。

今回の船旅。荒れた外海を25時間。酒に酔いつづけるわけにも、景色を眺めつづけるわけにもいかない。
寝るしかない。
とはいえ、25時間も眠りつづける訳にもいかない。風の音と、エンジンの音と、波の音と、そういった絶え間ない轟音を聞きながら、考えごとをしたり、何も考えなかったりしている。ここで調子こいて本を読んではいけない。目を開けることさえ酔いの引きがねになる気がする。
今現在は酔いの海には浸っていない。だが潜りこんではいないものの、背後にその気配を感じる。酔いの海のぎりぎりのところに浮かんでいる。

そのような状態だから、あまり複雑な思考もできない。ただぼーっとする。明日も昨日もない。ただ揺られつづける。だがこういう状態は、昨日までの日常と明日からの旅の生活をはっきりと分けるのに便利かもしれない。
船酔いのぎりぎりのところでふんばっている頭で、目を閉じて想像してみる。
まっくらな大海原。月は雲に隠され、現れ、ところどころ白波を光らせる。
波は高い。船は大きいが、波に隠され、木の葉のように揺られ続け、わずかずつ進んでいく。
四方数百kmにわたって海は広がっている。この船以外に人工物は存在せず、ただ暗い海が広がっている。
少し絵画的な場面を浮かべてみたが、多分、現実もこの想像に近いのではないかと思う。


波の音に混じって、船内放送の音が聞こえる。かなり慌ただしい様子だ。目を開けると猛烈な嵐を背景にレポーターがマイクを握っている。どうも東京湾南部にゴジラが現れたらしい。丁度今いるあたりではないだろうか。
実況中継かと思ったが、船内放送の映画で、これが面白くてつい見てしまった。見てしまったは良いが、そのうちに妙な気分になってきた。
やばい。トイレへかけ込む。上と下と同時に吐き気を感じたが、便意を優先させる。すると上のほうもとりあえず落ち着いて、まぁひと安心。お腹を壊したのか、揺れが原因なのかははっきりしない。吐いてないのだから酔ってないぞと強がってみる。
しかしそれはあんなことやこんなことまでしておきながら身の純潔は守ったワとのたまうお姉ちゃんと同じだろうか。
小笠原まであと15時間。

(2004 4/29)


自転車旅行記 自費出版
本のほうが読みやすいぞ