恒例となっているりゅう君一家との合同キャンプは5年目くらいだったか。
今年は西湖周辺を狙い、Pica西湖を予約。このあたりのキャンプ場は予約不可の早い者勝ちが多く、たぶんそれでも大丈夫なのだとは思うけど、大人数のキャンプだと少し勇気が要る。
下の子二人は今年から始まった有給みたいな制度使って4連休。長女は部活やら学校イベントやらが忙しくなり、なかなか4連休と言うわけにも行かず、妻とともに最初の1泊2日だけ参加。
初日は天候もあまり良くはなく、中央道の渋滞も大したことは無い。10時過ぎに出発し、昼食休憩を挟んで14時ごろ着。
中央道方面だと必ず車酔いする末っ子も、今回は大丈夫。
受付でウロウロしていたら、りゅう君たちとも合流。万事順調。
テント設営も一通り済んでダラダラしていたら、隣でキャンプ場主催のイベントが始まる。「防災キャンプ」と題した講習会みたいなやつだが、悪天で参加者が集まっていないようだ。
こちらとしても、湖で遊ぶほどの状況じゃないし、日が暮れたら酒を飲もうというくらいの計画しかないので、参加してみる。
主催者側としては、結構気合いの入ったイベントだったようで、元自衛官、元警察官のスタッフを起用した充実のプログラムを準備していた。
が、悪天のためなのか、周知がイマイチなのか、参加者は我々のみだった。


火を起こそう競争は、やっているうちに雨がひどくなり、難易度が上がって白熱する。
メタルマッチって初めて使った。ライター使わずに火をおこせるのは確かにカッコいいが、結局は乾いた麻紐だのオガクズなどを必要とするので、何も準備せずに火をおこせるわけではない。ライターと牛乳パックのほうが身近にあるものを利用している気もする。
ということで、応急処置やら災害時のワンポイントアドバイスやら、正味2時間くらいだろうか。 こんなに気合いの入ったイベントとは思わなかった。アウトドアスキルが上がった気がする。
キャンプ場の風呂入ってバーベキュー。
最近の家族旅行ではかなりローテンションになってきた長女が、いつになく饒舌。近い将来、お酒飲み始めたらこんな感じになるのかな。
子供たちが子供で居る時間に、こうやって家族で一緒に何かできる期間って、そういつまでも続かないだろう。 1,2年前までは先が見えなかったが、長女が中学生になり、運動部どっぷりの生活になったので、その終わりが近づいていることを実感する。
三つ子の魂百まで。
大人たちはただキャンプ楽しんでるだけだが、子供の時代にしか感じられないことってあると思う。そういう何かが、こういう時間の中で残ってくれれば良いのだが。
今日も朝からキャンプ場主催イベント。防災さんぽ、みたいな名前で、自衛隊出身のスタッフに連れられて近所を散歩。
カヤック、SUPを組み立てて湖へ。
クソ暑かった今年の夏もそろそろ終わり。泳げないこともないが、泳ぐほどでもなく、船遊びがちょうどいいくらい。

SUP3台とカヤック1台で水掛け合ったり。
西湖と本栖湖は地下でつながっているらしいので、水質は似たようなものだろう。サイズ感も大差ない。
景色は、西湖のほうが複雑な湖岸線なので、変化があるかもしれない。
西側まで行くと、手前の山脈の後ろからでかい富士山が少し顔をのぞかせる。
昼飯食ったらもっと漕ごうかな、とか思っても、腹が満たされたら大体満足している。
長女は、部活の先輩との送別会が急遽今夜になったとのことで、モジモジしていたので行かせることにする。
急行乗ればけっこう早く帰れるし、昼まで富士五湖でSUP漕いで、夕方は部活の仲間と打ち上げするなんて、結構贅沢な休日だろう。
妻と姉がいなくなり、チビたちは寂しがるかと思いきや、案外そうでもない。 キャンプ場歩いていると、大半の人たちは1泊で帰ることが多いが、うちの子たちは2〜3泊が標準という感覚になってるみたいで、まだまだ遊び足りないようだ。
大人たちも2泊目は必要な作業がかなり減る。 天候も素晴らしく快適なので、本当にリラックスできる時間。
晩飯は丸鶏焼いてくれた。
肉自体も美味しいのだが、煮だしたスープも絶品。美味しさを求めるなら、鶏を部位ごとに分けて買ってくる工程って不要に思える。とりあえず丸焼きにしておくのが正解だ。
キャンプも三日目となると、やらなきゃいけない作業は「いい天気だなぁ」とか言いながらタラっとするくらいしかない。
急激に夏から秋に変わってきたようで、朝のうちは湖で水遊びしなくても良いか、くらいな涼しさだが、日が高くなるにつれて水遊び日和になってくる。
ヨーロッパとかニュージーランドがこんな感じの気候だった印象。
チビたちは、一昨日の緊急用テントをアップグレードさせていたり、何やら兄妹ゲンカしていたり、まぁにぎやかだ。

キャンプ場の池でニジマス釣り。
割と簡単と聞いていたが、今日はそこまで簡単でもなく、ニジマスたちはそれなりに警戒している。が、まったくエサに見向きもしない、というレベルでもなく、アタリはあるがなかなか乗らないという、釣りとしてはなかなか面白い状況。
釣りに慣れてれば、少し頑張れば釣れるが、子供たちには少し難しいというか、けっこうちょうどいい。
ウキ釣りなんて、「ウキが沈んだらあわせれば良い」と言ったらその通りなんだが、その一つ一つの所作も子供たちにやらせてみると、案外難しいもので練習が必要だったりするし、言語化も難しかったりする。何度かやらせていくうちに段々できるようになるが、付きっ切りで見てなきゃいけないし、魚がちょうどよく相手してくれる環境じゃないといけない。
簡単に釣れ過ぎても、まったく釣れなくても面白くなく、ちょうどいい環境で子供をずっと見てられるのって案外貴重だ。
何度か惜しいのを逃したのち、末っ子ちゃんは一尾ゲット。初めて1人でちゃんと釣った魚だと思う。
坊やは結局最後までゲットできず。いろんな工夫もしたし、惜しいのもたくさんあったので、釣りスキルはかなり上がったと思う。
やっぱり自分で苦労して釣った魚は美味しいんだろうな。
普段はあまり魚を食べない末っ子ちゃんも、釣れたてのニジマス炭火焼きにして、「柔らかくてホクホクして美味しい」とガツガツ食っていた。
「昨日はまだ2泊あると思ってたから楽しかったけど、明日帰んなきゃいけないと考えると最終日の夜はさみしい」なんてことを言っている。
当初、今回は2泊くらいで帰っても良いかなと思っていたが、そんなこと言われたら3泊にして良かったと思う。
3泊でも短いとか言っているが、現代サラリーマンの生活では、3泊以上のキャンプなんて年間何度もできないからな。
最終日はテント片づけて帰宅。
この4日間で、いきなり季節が秋になった。テント設営は小雨の中でもそれほど問題はないが、片づけが晴なのは嬉しい。
撤収後、とりあえず昼飯。蕎麦嫌いな長女がいないので、モメなくて済んだ。
ざる豆腐×ざる蕎麦なので、ざるざる。給仕のおばちゃんのコミュ力が高い。
西湖の湖畔はほとんど富士山見えないし、展望台へ行ってみる。
紅葉台は、ドライブコースとしても紹介されているのに、「車で来ても責任とれない」的な警告看板も多く、地元は来てほしいのか来てほしくないのか、スタンスがよくわからない。
頂上の売店まで登ったら、雲の影から富士頂上が少しだけ見えた。
飛び石連休の最終日、やはり中央道の帰り道は侮りがたく、午後になったら小仏トンネルは死にそうな渋滞。
が、まだ初期症状だったので甲州街道への抜け道作戦がうまくいった。滅多にないことだと思うが。
夏の富士山周辺キャンプも、もう5年間やってるんだな。子供たちが大きくなってきた。
・2020年
・2021年
・2022年
・2023年
学生の頃から、僕の書いたレポートを友人が写すと、友人のほうが良い点貰える、なんていう現象はちょいちょい起きていた。
たぶん、僕の役割はきっと、最初の構想段階を担当するのが良くて、実施段階は他の人に任せる方が、全体としてうまくいくことが多い気がする。自分でやるとミスが多いし、実施段階を他人に任せた方が、構想も厳密にやるからな。
というわけで、IMZの新機種発売。
今回は、実務担当レベルではそこまで密接に関わってない。初期構想以外は、たまにスポットで手伝った程度だ。
僕以外の担当者がしっかりと作り込んでくれて、明らかに前作を大きく越える完成度だ。市場の期待も大きく、きっとそれなりにヒットするはず。
普通の業務としてこれを作れる会社になったんだなあと思うと、少し満足感がある。
前作開発時は、明らかにこういった機種を開発できる力は無かったと思う。そんな実績はまったく無かったし、社内でもかなりの人がそう口にしていた。
それが、甘い組織体制につけ込んで何だかいろいろ言いくるめて、何となく夢とロマンを共有できて、道なき道をかき分けて製品化にこぎ着けた。 たまたま僕の経験とスキルがマッチして進められた場面もそれなりにあったと思うが、もう一回同じところを通れと言われても難しいような突破もけっこうあった気がする。
今度の機種はそうではないからな。
僕がいなくても、バクチみたいな怪しげなひらめきに頼らなくても、普通に組織的にハイテク製品が作れるようになった。
先の見えない猛烈なヤブ漕ぎのような開発体制だった前作から、明確な目的地を持ってケモノ道らしきものは段々整ってきた。
良い製品を残すよりも、強い組織を残すほうがえらいと思うが、少しそういうことに貢献できるきっかけくらいは与えられたかもしれない。
このシリーズは、まだ商業的成功を収めたとは言い難いし、この先にそれがあるかは分からない。
が、市場で大成功収める前の途中段階として、社内のチーム力向上は成し遂げないといけない。
そんなことを思って開発してきた製品だが、社内の組織力向上は、ある程度できたきた気はしている。
今の会社にとって、僕は外来種的存在だったのだと思う。
釣り業界は小さくはないが大きくも無く、長いこと新規参入も無い閉鎖的生態系だ。
こだわりのマニアだらけの審美眼にかなった組織だけが生き残る独自の世界。
その前に従事していたカメラ業界も、それはそれで独自の生態系が発達しているが、業界サイズが大きい分だけ他業種との人材や組織、情報のやりとりはあり、閉鎖的とまでは言えない。
閉鎖的生態系のような釣り業界に転職したとき、カメラ業界の生存競争で役立ってきたスキルを持つ者は業界内に他に無く、侵略的外来種的のように効果的だった。 特に特許出願なんて分かりやすい例で、カメラ業界は狂ったように出願させられるからな。
外来種と言っても、カメラ業界と釣具業界はそんなに離れていない。結局日本メーカーだ。
外来種がやがて元の生態系の一部として組み込まれていくように、僕が覚えたカメラ業界のノウハウも、そろそろ釣具業界にも組み込まれ、合いの子みたいな遺伝子を生み出している。
今後予見されるのは、日本の釣具業界とはまったく異なる生態系を生き延びてきた、中国メーカーとの生存競争だ。
彼等とは強みも弱みも大きく異なるので、どちらか一方がなすすべも無く絶滅、という事態も十分考えられる。
長年、独自の閉鎖的生態系で培われてきた様々な文化を、そのまま絶滅させてしまったら非常に残念である。
そうならないように、少しずつでもいろんな遺伝子入れながら、残すべきものを残し、新しいものを生み出していこう。