台風で中止になってしまった運動会の代わりに、せっかく練習していたお遊戯なんかを発表してくれる会が開かれた。全般的に、今年から入った子たちは緊張する傾向が強かったが、うちの子はまぁそれなりに伸び伸びと皆の前ででんぐり返しを披露。
お遊戯も、今までよりだいぶちゃんと振り付けを覚えていた。一応ちゃんと成長しているようだ。
そして昼からはその同級生たちを招いて、息子のバースデイパーティー。
時期柄、皆仮装してきてにぎやかだった。もっと子供たち同士、お互いの家を行き来すればお互い楽になると思うのだが、こういう機会で促進されることを願う。
今年の年長さんママたちがそろそろ謝恩会等の準備を計画し始め、昨年の情報を知りたいということで妻も呼ばれてママ会に行く。
そういう時は、子供はマックに連れて行っておもちゃセットを買うと彼らも納得する。
食後、近所の公園へ遊びにいくと、やはり年長さんの子供と父親が大挙して遊んでおり、うちの保育園の拡張版みたいな感じだった。そういうところで子供を放牧させるとだいぶ楽で、彼らも楽しそうだ。
夕方、どうしてもプール行きたいと娘がぐずる。泣き止んだら連れていくと言ったら本当に泣き止んでしまい、仕方がないので連れていく。
屋内プールで1時間程度遊び、うどん食って帰った。
実施してみると夕方はプールも空いていたし、シャワー代わりになって案外悪くなかったな。
妻は職場の飲み会があるとのことで、早退して子供を回収。
平日に食事担当するのは久しぶり。
なんとなく茶碗蒸しが食べたくなり、作る。適当に作ると失敗する料理なので、オーブンに添付のレシピ見ながら。
すごく上手ではないが、まぁ悪くもないかな、というくらいの出来だが、長女と妻には好評。チビ二人は食わず嫌い。
業務上の必要があり、どこかにあるはずだという話を聞いて昔のリールを探す。
ちゃんと整理されていない歴代の各社リールがぎっしりと入った箱がいくつもあり、後輩二人も借り出して宝探し。
その過程で、技術の変遷を垣間見たが、やっぱり黎明期に作られる製品は冒険心があって面白いよなぁ。カンブリア大爆発みたいに、いろんなアイデアが生まれ、試され、淘汰されてゆく。当時の担当者たちの勇気に敬礼だ。
特に面白いのは、80年代後半から90年代前半くらい。これはちょうどバブルの時期だ。
同僚とそんな話をしていると、「当時は開発費たくさんあっただろうからなぁ」
考えてみれば、カメラの技術史も似ている。
AF化から始まった各社新マウント開発、新アクチュエータ搭載の新システムをわずか数年で準備したのも80年代後半。今考えれば相当蛮勇だが、やっぱり当時は開発費と勢いが潤沢にあり、世の中全体がそんな雰囲気だったのだろう。カメラ業界でも釣り具業界でも、同じようなにおいを感じる。
そして今のシンセンはそんな感じなのだろう。
当時の日本の技術者にも、今のシンセンにも羨ましさを感じるが、こっちだって負けてねえからな、と言いながら仕事をしよう。
今年の新人が各部署に配属。仕事は遠いながら僕のグループにも一人入ってきて、歓迎会。
二次会で若者の熱い意見を聞いているうちに終電を逃す。とにかく都会に出て、行けるところまで行こうとするも、気づいたら何故か五反田。山手線で寝過ごしたらしい。
さすがに帰れないよなぁ。でも別に寒いって程でもないしなぁとウロウロしているうちに、池上行きの終バスがあったので何となく乗っかる。そのまま多摩川まで歩き、途中橋の下でビバーク。
レインコートくらいじゃやっぱり結構寒く、小杉から始発を待って帰宅。あまりスマートとは言えない感じだった。
職場近くの終電って日付越えられないのね。