起床後、ちょろっと家事をする。新東名を走って妻の実家へ向かい、彼女のおしゃべりを聞きながら散歩する。
夕飯ご馳走になってお茶を飲み、赤ちゃんなかなか産まれないねとか何とかしゃべる。
週末のたびにそんな生活が続いている。かれこれ一か月くらいになるだろうか。
サービスエリアのフードコートで、香川の名うどん店の看板を掲げている。
まぁ本店ほどの美味しさは期待しなかったが、それでもちょっと腹立たしいくらいの出来だったぞ。
本店のほうは「ひやあつ」という概念を高いレベルで世の中に広め、たぶんうどん県内でも上位10%くらいに入っているうどん屋さんのはずだ。が、ここで出てきたのは凡百というか、冷凍うどんよりマシかなという程度だった。
讃岐うどんにしては高価だが、高速のSAにしては良心的な価格。麺は手打ちだし、厨房の兄ちゃんも手際が良い。
が、あのエッジの効いた宮武うどんの洗練さは微塵のかけらもないし、豊かなダシの香りも忘れてきてしまったようだ。
最も腹立たしかったのが会計のおばちゃんのトロ臭さだ。
そこに出来上がったうどんが並んでいるのに、チンタラチンタラレジを打っている。おつりを間違えることよりも、麺を伸ばしてしまうほうが罪が重い。宮武の看板の価値が下がってしまうぞ。
うちの社食のおばちゃんたちも、人数がそろっているのに一人につきたった一つの工程をオロオロしながら作業し、いたずらに行列を伸ばしているが、その姿を彷彿とさせる。(しかしあのおばちゃんたちは毎日あれだけ作業しているのに習熟していかないのは何故だろう。)
バイト始めて一週間、みたいな感じだが、初々しいお姉ちゃんでもないのだから、研修中のバッチでもつけておけばいいのに。周りの人もフォローしてやれよ。
今週も妻のおしゃべり聞きながら、散歩するような生活だ。
今日は森林公園という丘陵地帯に行った。生田緑地をもうちょっと規模大きくした感じ。
小鳥とアスレチックを見ながら、尾根沿いの遊歩道を散歩。
妻のおしゃべりの一ジャンルとして、彼女の父への愚痴というものがある。「うちのお父さんたら昨日こんなことしてひどくない?」というようなものだが、それに対する僕の返答は割と簡単だ。
「お前も同じだ」
まったくこの父娘はそっくりな性格をしていて、彼女の口にする父親の頑固なほど素直な性格、目の前のことに一生懸命になりすぎてバランスを欠くこと、思ったことをそのまま口にして周囲の反感を受けることは、彼女にもそのまま当てはまると思う。自分自身の性格を把握するうえで、この上なく良い授業になっているようだ。
人間の慣れとは強力で、こういう生活が一か月も続くと、一年後もこうしているんじゃないかという気になってくる。
予定日は明日。「すき焼き食べて、明日産む」というのが妻の主張。風邪気味の義母に代わり、一生懸命準備をしている。出産直前でも、人によってはずいぶんと活動的に動けるもんだ。(そのほうが良いらしい)
妻はこれまであんまりお腹が張ったり、陣痛的なものは起こらなかったようだが、食後何時間か過ぎたあたりから、お腹が張ってきたとか言い出し始めた。
晩ごはんご馳走になって酔っぱらい、姪っ子を眺めて眠る習慣が身につき、忘れつつあったが、うちの子ももうすぐ産まれそうなのだ。
ようやく、いよいよ緊張感が出てきたぞ。
我が妻の有言実行っぷりも大したものだ。すき焼きも食べ終わったしな。
今日のお散歩は浜松城址公園。
昨夜のお腹の痛みは軽い前駆陣痛というようなものだったようだが、浜松城でボランティアのおじさんが嬉しそうに説明しているのを聞きながら、もうちょっと進んだ陣痛があったようだ。
ボランティアのおじさんによると、ここの天守閣は、家康が秀吉によって関東に転封された後、対家康戦略のために浜松城主となった豊臣系大名が作ったものらしい。徳川時代になってから天守閣は台風で崩壊したので、天守閣としては歴史的価値はあんまりないとのことだが、戦国期の歴史の表舞台になっているのも確かではある。
妻は高校山岳部時代に、背中に重いザック背負ってこの公園の階段を何往復もしていたとのこと。
妊婦となった今は、お腹に赤ちゃん詰め込んで、やはり階段を何往復もする。
陣痛を促進させるために、「赤ちゃん早く産むぞ」とかのたまいながら、目にした階段に猪突猛進。
痛そうにしながら、よく頑張るなぁ。
鶏肉はお義母さんがテレビで見たとかいうトルコ風のレシピ。肉が柔らかく、美味しかった。ブリ大根もよく味がしみ込んでいた。
爆弾低気圧到来。
子供の名前には、「晴」という字をつけようとしている。こんな日には産まれなくても仕方がない。
出産は着実に近づいているのだろうが、妻のお腹に時折やってくる陣痛は、やがて去っていくようだ。もうすぐ産まれるのは確かなのだろうけど、それが今日なのか明日なのか来週になるのかは、天気と同じで我々が決めることではないのだろう。
「待つ」というのが僕にできる唯一の選択肢。雨音聞きながら、ハードディスクに溜まった写真の整理に取り組んだ。ノートパソコン買っておいて良かったな。
関東は記録的な降雪があったようだが、浜松は終日雨。
本日中に産気づくことも無さそうなので、晩ごはんご馳走になったら一旦帰ろうかと思ったが、連休最終日の深夜になっても東名は渋滞50km。盆暮れ正月のピークよりも非道い。雪道の渋滞で、コンコン追突事故も頻発しているようだ。
こりゃあもう一泊しろってことだな。仕事もそれほど忙しくもなし、もう一泊お世話になって、明日の産婦人科参拝に付き添うことにしよう。
妻が里帰りをしてから、何度目かの産婦人科への付き添い。
いつものごとく、病院にいる時間の大半は待合室で待つことであり、今回も午前中丸々待ち続ける。
そしていつものごとく、大して進展がないという診断を受けるだろうし、帰り道で散歩がてらドライブにでも行くつもりだった。
ちょっとしか進展がないという診断結果まではほぼ予想通りだったが、その先は意外で、本日からの入院を提案された。
与えられた選択肢が、今日から入院か明日からにするか。入院の可能性があるとは聞いていたので一応準備はしており、特に明日に伸ばす必要がないということで、即入院となった。
そこからは急転直下。時系列に記すと、
1400ごろ 子宮口に水風船(のような医療器具)挿入→最初は違和感なし
1430ごろ 病院内を散歩しているうちに陣痛始まる
その後徐々に痛みは強まり、間隔短くなる。陣痛の本番ではないか、とのこと
1800ごろ 陣痛の間隔3分程度 強さは「盲腸レベル」とのこと。 妻の両親到着
1930 水風船がとれ、陣痛が弱くなる
2010 担当医師より人口破水の措置がとられ、再度陣痛が強まる
22時ごろ 院内助産院へ移動。とっても痛そうで完全な陣痛マシーンと化す。
0時ちょうど 無事出産。3160g、女児。
と、入院が決まってからはほぼノンストップ。取られた処置に妻の身体はいちいち素直に反応し、結果的にとても順調な出産に分類されるものになったのだと思う。昨夜の大雪がきっかけとなり、僕は最初から最後まで出産に立ち会うことができた。天の采配と言えなくもない。
思うことも多々あるが、とりあえず箇条書きしておくと、
・おそらく人生最大の痛みを、一生懸命乗り越えた妻に大きな敬意を感じ、感謝したい。その姿は一生忘れられないと思う。
僕は出産の立会には積極的賛成派であったわけではないが(世の中のほとんどの男性がそうだと思うが)、あの場に居合わせることができて本当に良かった。
・いつも一緒に暮らしている妻が、あれだけの思いをして産みだした赤ちゃんだ。大切に育てねば。
・これで家族が3人になり、チームらしくなってきた。今後何十年にいなるのか、良いチームにしていきたい。
・ベテラン助産師さんたちは非常に心強かった。真夜中でも駆けつけてくれ、命を預かる24時間臨戦態勢。感服すべき職業だ。
妻の出産は、人生のビッグイベント、一大事であり、産んでいるさいちゅうは何しろ大変だった。が、終わってみれば非常に順調だ。24時間前は、こんなにすぐ産まれるとは想像していなかった。
その結果、せっかく会社を休んだ本日であるが、大してやらなきゃいけないことがあるわけでもない、ゆっくりとした一日となった。
まぁ今更会社行っても間に合わないし、ろくに働けるとも思えない。 妻の実家にいても、僕の仕事があるわけでもない。病院に行ったところで役立たずであることには変わりはないが、半日ほど妻の病室に屯して、我が新生児の顔を眺めたり、妻のためにパシリをしていた。
とりあえず、耳も聞こえるし乳も飲めるようだ。糞も出せるし泣くことも出来る。目も見えている気がする。この世の中で成長するための機能を、ちゃんと持ち合わせて産まれてきてくれた。
まだ二日間も経っていないので何ともいえないが、何となく神経質でなさそうな、あんまり物事に動じなさそうな雰囲気がした。どう育つのか、全然分からないが。
新東名の沼津サービスエリアにて。
ガソリン入れ損ねたまま高速入り、新清水のSAにガソリンスタンドが無いことに焦った。
久しぶりの自炊は、賞味期限をちょっと過ぎた生ラーメンと残り物野菜。
これで夜中に突然呼び出される恐れがなくなった。久しぶりに酒を飲む。
入院中の妻と娘のスカイプ通話を肴にして。
ちゃんと考えて作ったのだから、その通りに組み立てれば想定通り動くのは当然だし、データとるのもただ手を動かすだけの作業だ。
僕はここ最近、けっこうそういう状況を実現できていて、試作品設計したら、データ取りまでほぼ手直しなしに進められていた。設計ミスなんて素人さんのやることだ。
とか言っていたら、痛恨のケアレスミス発覚。正方形に近い長方形の、タテとヨコを間違ってしまっていた。単純だが制作に時間のかかる部品で、けっこう痛い。
けっこう余裕を持って準備しておいたはずだが、チェックが働かなければ日程の余裕も活きないな。
いやいや。問題が起きたときこそ仕事の真価が問われるということにして、そのフォローに奔走した。まぁ何かしらのミスが起こっている状態の方がむしろ普通だ。対応できない話じゃない。