今年の大計画は、大雪山全縦走。南端の富良野岳から、北端の北海道最高峰、旭岳までを目指す。
山中5泊6日+前後に山麓1泊ずつ+予備日2泊。北アルプスなどと違い、途中に営業小屋がないので、食料のすべてをもって歩かねばならない。
メンバーは以下の5人。
・まっちゃん(♂) 構想3年のこの計画の立案者。長期縦走を嗜好。クワガタ好き、乗り鉄呑み鉄、深田百名山踏破間近。
・クニさん(♂) 自分をいじめる登山を好み、ものすごい勢いで深田百名山踏破を目指している。ぬいぐるみ好き。
・ごんずい(♂) ぼーっとした大男。星の写真を撮りに山登りに行くことがある。まっちゃんと5年ほど前に母島で会う。クニさんの元同居人。この文章の著者。
・ミカちゃん(♀) メンバー中最も正式に登山歴を積み、唯一ソロ嗜好ではない。卓越した食欲と体力と肝臓を誇り、食糧計画と調理を一手に引き受けた。
最近やたらとごんずいになついている。
・がーこ隊長(♂) 冷静沈着、先鋭的なカヤック乗り。ケラマ諸島横断、知床半島一周など、数々の冒険をこなす。
ごんずいと母島で会ったのは6年前だが、一緒にどこかへ行くのははじめて。
以上、特に共通点がある訳でもない烏合の衆ではあるが、それぞれ単独でも多くの冒険をこなしている強力メンバーが集まった。
初日である本日は、アクセスに費やす。麓の民宿に泊まり、最終準備を整えよう、といった程度。
最大の障壁であった早朝の飛行機は全員が始発電車に乗って、無事に集合。
富良野駅まで順調に到着。昼ごはんはジンギスカンに、休日の象徴昼の生ビール。
我々の前途とまっちゃんの誕生日を祝って、「くまげら」で乾杯。
日本酒と山賊鍋のおいしい、富良野の名店。明日以降は食料に制限が出るから、最後の晩餐ということになる。
いろいろ飲み比べて、富山産の日本酒は旨かったな。
いよいよ登山開始。残念ながら割と真面目な降雨があるが、最初から雨が降っているのなら、最初から雨具着込んで出発すれば良い。
我々の登山口は、原始ケ原。最初のピークである富良野岳を目指すには、標高差もあるマイナールートのようだ。 が、縦走路は南北真一文字に男らしく登るべきだ、というのがまっちゃんのこだわりだ。
原始が原までは、タクシーで1万円弱、時間は30分強だったかと思う。
4時に民宿を出て、予定どおり5時出発。
登山口にはログハウスがある。
ここに宿泊することも考えたが、物資を宅配したり、夕食のゴミを片付けるのに不安があったので民宿に泊まった。
民宿「あきば」のオーナーは地域の登山協会のメンバーなようで、このログハウスの鍵保管者だった。
いくつか、登山道の情報を聞いた。
原始ケ原というのは、中腹から広がる湿地帯のことらしい。最初の1時間くらいは、そこに至る渓谷沿いの道。雨はあがり、けっこう暑い。
変化のある山道だ。湿原を4つか5つか越えて、もう飽きてきたなというころに雪渓の登り。
天候の変化も激しく、ガスったり晴れたり雨が降ったり。雨具を着込むと雨が止むので、以降その作業をおまじないと呼ぶようになる。
コースタイムからやや遅れ、ようやく稜線に出る。あとは尾根道の縦走なのだから、支稜の登りはここだけだ。富良野岳まではもう少し。
まずは一つ目の山頂、富良野岳に到達。ここの登山道は変化が大きく、僕は気に入った。整備のされ具合が、迷わない程度に野性を残していて、好感が持てた。
天候はそれほど良くはないものの、時折雲が切れて下が見えたと大騒ぎ。
ここからあとは主脈縦走。小屋まで大した距離は無い、と思っていたが結構長いのね。上富良野岳、上ホロメカトック山と越えていく。
この稜線を境にして、左右の景色が別の惑星のように異なるから面白い。
右手は、天井の世界のような霞んだ視野の中にお花畑が広がり、右手は、火星を連想させる火山の荒々しい景観。
三峰山の2番目の頂上で休憩していると、けっこう真面目な雨が降ってきた。
それほど長くは続かなかったが、30秒単位で状況は変わる。次々といろんな敵や景色との出会いがある。
15時頃、ようやく小屋到着。人が多いなと思ったら、工事関係者が5、6人泊まっていた。地震計を設置しているらしい。登山者はほかにもう一組だったかな。
初日は豪華に、生野菜も使うし生肉も使う。多少重い物でも運べる。
お餅は2個ずつ。
水場は、5分くらい歩いた雪渓の雪解け水。明日の分の水を汲み、煮沸殺菌という作業と、ラジオで天気予報を聞くというのがこの登山での家事。
すばらしい青空とともに二日目が始まる。 出発は少し予定より遅れ、5時10分ごろ。まぁ、今日は比較的短い行程だから、問題は無いだろう。
今日の一発目は、十勝岳。昨日からチラチラ見えていたが、名峰と呼ばれるのに相応しい貫禄を持っている。深田百名山って賛否両論いろいろあるが、やっぱり選ばれている山は格を感じさせるところばかりで、とても良いバランスで選定していることは確かだ。
目の前に雲が立ちのぼり、天気崩れるのかと思ったら火山ガスだった。
風の通り道となっているところでタイミング悪く硫黄ガス帯に入り、咳き込んで苦しくなる。
大快晴の山頂へ。
この先の山が見えるぞ。あの雲に巻かれてるのがトムラウシだろうか。旭岳方面も見えているのだろうか。
かなり長時間滞在する。
下りも楽しい。急坂で土質がザクザクで柔らかく、雪の上を歩いているように歩きやすい。下りに入ると曇るので、ちょうど良い。
さて、この分じゃ昼前に小屋につきそうだ。昼飯食って昼寝だなと思いながら、荷物をデポした峠に戻ると小雨がぱらつき始めた。
そこからが凄かった。小屋まではあと30分も無いはずだが、雨脚は一気に早まる。大粒の雨がざあざあ降り、全身ぐっしょり。道は一気に川になる。
ガッチリと閉まった小屋のドアを開けるのももどかしく、まぁ何とか小屋に逃げ込めた。
予想どおり我々の貸し切りで、快適な小屋。濡れた雨具を乾かし、なんとか体勢を立て直すことができた。
昼飯はすいとん。今回は小麦粉の力をどこまで利用できるか、というのもひそかなテーマ。香辛料を効かせて、とても旨かった。
昼飯を食っていると、大きな光と音。轟音と共に、外を見てたわけでもないのに眩しい光が入ってくる。
目の前の山に落ちたようだ。コエ〜。外に出ていなくて良かった。
計画どおりではあるが、大雨の中で半日身動き取れず。
水場まで行かなくても、屋外にナベ並べて行けばあっと言う間に水が手に入る。
水と時間と小麦粉があるので、うどんでも打とうか、いやギョウザの方が良いのでは、ということで、皆でギョウザを作る。
具は乾物中心。切り干し大根にしいたけ、キクラゲ。必殺技としてかにの缶詰を混ぜる。
それをスープで煮た。割れてしまった生卵を溶き卵にして、出発前に安売りしていた八角を効かす。すげー美味かった。
どうも、明日もあまり良い天候ではないらしい。何しろ本日は、このあたりの地域に20年振だか30年ぶりだかという記録的な降雨があったようなのだ。 その傾向が続くらしい予報が出ている。
今回のツアー、メンバーの力量としてはそれほど心配はしていない。
ヒグマだって、恐いことは恐いが、登山者がクマに教われる事故なんて年間何件も発生していないだろう。それよりもはるかに多い道迷い等は、我々の経験と判断力なら大丈夫だろう。
懸念があるとしたら、悪天候くらいだと思っていたが、その悪天候の状況になってきた。
今日と同じ状況が明日のコースで起これば、こんなに良い小屋はない。逃げ場がない状況で、あの大雨、あの雷を受けたらどうなるか。
皆、日程的に予備日を確保している。食料も、確認してみると+2日くらいは予備がある。とりあえず、明日1日は停滞して様子を見る、という選択がある。
一方、明日一日のルートを突破できれば、あとは小屋も多いエリアで、あとは半日ずつでも進むことができる。逆に言うと、明日一日が難所で、それを越えられないと全縦走ができずに撤退もあり得る。とにかく前に進もうという選択もある。
明日は撤退か、前進か。
朝5時の天気予報で急転直下。本日はそれほど天気は悪くなく、むしろ明日の方が悪いらしい。
惰眠を貪るつもりが、スクランブル発進しようということになった。急いで支度して6時出発。
今日は約4時間のところに双子池の指定キャンプ場があるが、ここは降雨の後は状況が悪いとか、ヒグマが通るだとか、あまり良い場所ではないらしい。
その先の指定キャンプ場はトムラウシの麓、南沼のところまで無く、ここまでは14時間くらいかかるので、まず着かないだろう。
当初の予定では、ここから約12時間の三川台で野営をしようとしていた。ここは水場もあり、昔は指定キャンプ場だったらしく、それなりによさげな場所ではある。が、ちょっと遠く、今日中に着くには無理しないといけない。夕立に捕まるかもしれない。
おそらく、その手前のどこかでビバークすることになるだろう。地図を見て、いくつか目星をつけた場所があるが、そこにうまくテントを張れるか。
昨晩泊まったトムラウシまではエスケープルートも無い長丁場、ここがヤマ場何じゃないかと思う。
まずは小屋の隣にある山、石垣山へ。道は頂上をわずかに巻いているが、このシチュエイション、この距離なら、こんな山を巻くのは勿体ない。かすかに道はついているので、頂上を踏みに行く。
今日の最高峰はオプタテシケ。急登、踊り場、急登と3階建くらいになっている、重量感のある山。昨日の雨でずいぶんと砂利が流されたようだった。
そして大雪渓。これは助かった。ビビらずに足を出せば、これほど楽に歩けるところはない。ビビっていた者は、逆に雪渓の方がしんどかったようだ。
山歩きってズルができなくて、基本的に黙々と歩くしかないのだが、雪道の下りは例外的にズルができて、30分の道程を5分にできる。恐がらずに全体重を踵にかければいいのだけなのだから、一回転ぶつもりで足を出してみれば良いのだが。
双子池の指定キャンプ場は、どこだったのかはっきりしなかった。 地図上では雪渓のあたりだが、峠をおりきって少しまた登ったところにテント2張り分くらいのスペースはあった。
カブト岩のトンネルを越えたあたりで、なんと前から人影が。
平日のこのマイナーコースで人に会うとは思わなかったのでびっくりだ。
現れたのは幽霊でも天狗でもなく、異人さんのカップル。バックパッカー系ドイツ人だろうか。冷静になって考えてみると、やたら軽装だったし、日本語カタコトのようだし、天気予報などの情報入手等心配もあるはずだが、どうも西洋人だと違う尺度で考えてしまう。足も速かったし、さすがゲルマンはあんな服でも寒くないんだな、と妙に納得して終わってしまった。
今日は南沼のキャンプ地から来て、美瑛富士の小屋に泊まるようだった。この先の状況を質問するつもりだったが、それもできず。この先で熊をみた、というのを聞いたくらい。
地図をみながら、最初のビバーク候補地としていたのは、コスマヌプリの鞍部。さて実際にそこでテント張れそうかなと歩いてみると、基本的に薮だらけのものの、やっぱり3張りくらい張れそうなスペースはあった。が、まだ時間も早いので通過。
コスマヌプリの中腹で昼休みを取ったころは、時間的にはまだけっこう余裕があった。が、皆だいぶ疲労が溜ってきて、ペースが落ちてきている。暗くなるまで歩き続ければ三川台まで届くかもしれないが、けっこう厳しい。やはりこの先でビバークだろう。
登山地図には、このあたりには「クマ注意」とある。言われてみればそんな感じがする。人の気配はまったくないが、ところどころでケモノ臭がする。峠を越える左右には、巨大な生き物の薮こぎ跡らしきものもある。
本命のビバークポイントは、コスマヌプリの次のピークを越えた先にある、「7月中順まで水の取れる雪渓あり」というポイント。実際に着いてみると、あぁ今日はここでテントだなと、迷いもなく決められるような場所だった。
中腹なので、雷の恐怖はあまり感じない。峠でもないので、クマの通り道にはなっていない気がする。いや、水流があるのでもしかしたら野生動物の溜り場になってる可能性もあるが、見通しは良いからフラッシュライトつけておいて向こうから避けてもらうことはできるんじゃないかな。
難を言えば土地が傾斜しているところだが、何カ所かの候補から、結局みんなで雪渓の上でテントを張ることにした。マットがちゃんとしていれば、一番平らで滑らかで寝やすいからな。
無事、夕立が始まる前にテントも設営できた。わりと良いキャンプサイトだ。
キツネやクマは食べ物の臭いに敏感だ、ということで、まぁ気持ち程度にはテントから離れたところに食事場を移動。雪解け直後の雪渓跡で、芽吹き始めたタラの芽に囲まれて晩ごはん。
アルファ米をお湯で戻して、パスタ用のトマトスープなんかとからませ、あとは頑張って運んできたウインナー。
あっと言う間になくなった。
タイミング良く、ちょうど食べ終わったところで夕立が始まる。
雪渓では雨水がすべてそのまま染み込んでいき、快適であった。
まだ夜が明け切らない、くらいうちに出発。3時頃だったと思う。 今日は百名山の一座、大雪の奥座敷と言われるトムラウシを越え、たぶんヒサゴ沼の避難小屋まで。調子良くその先の忠別岳避難小屋まで行ければ、当初の計画に追いつくことになる。
せっかく早起きしたのだから、朝日に輝く山道を楽しみたい。 が、残念ながら道は濃い霧の中。高緯度帯の夜は短く、3時半にもなれば周囲は随分明るくなってくるが、朝日が革命的に世界を変えるという感じではなく、なんとなくモヤモヤっと明るくなっただけだった。
わりと毎日そうなのだが、朝の出発すぐは、皆かなり良いペースで歩ける。三川台までは、予想よりも早く着いた。
この、昨夜の宿泊地から三川台の間も、ところどころテントスペースは見つかった。この周辺は1日行程分くらい小屋がないが、この区間を縦走する人達も1シーズン十組以上はいるだろう。どこかにテント張る必要はあるのだから、そういうスペースもある訳だ。
三川台も含めて、テントを張れそうな場所は全部で5、6箇所あったが、昨日の設営場所は、上から数えて2番目くらいには良かったと思う。
三川台からは道の雰囲気がだいぶ変わる。右手は切り立った崖で、その下に雪渓とワイドに広がる大地を眺めることができる。左手はなだらかなお花畑が、どこまでも続いている。道は、崖の境目のなだらかなところ。
ここのお花畑はすさまじかった。
濃い霧の中で、目に見えるもののすべては花。花以外に見えるものを探しても、せいぜい我々自身と、わずかに続く道、トムラウシの山の裾野くらい。
天国のようだ。安いドラマに出てくる天国を具現化したような。
もしかしたら我々は、知らないうちに死んでしまったのではないか。
昨日の夜テントをクマに襲われて。あるいは、一昨日の雷に打たれて。火山ガスを吸い込み過ぎて。
南沼のほとりらしき雪渓の傍らで休憩後、キャンプ場からは急登になる。このあたりから、昨年の大量遭難事故で聞いた地名が増えてくる。
トムラウシの登りは大岩続きの急登であるが、一個一個大岩を登って行くうちに案外標高が稼げ、順調に9時頃登頂。
今日の行程は、あとはそれほど起伏の多くない場所を下るだけだ。
が、ここからが厳しかった。
下りも急な大岩なのだが、大変に歩きにくい。テトラポッドを歩いているような感じだろうか。
一歩一歩が大股になる上、荷物が重く急坂なものだから、体にも足の裏にも衝撃が加わり、消耗する。休憩の間隔も短くなる。
歩く順番は自然発生的におおむね固定されてきて、ごんずい、みかちゃん、まっちゃん、くにさん、がーこと言う順番になっている。それぞれの歩くスピードや特徴を考えると、それが最もバランスが良いようだ。
が、僕はどうもこの辺りで、先頭で周囲を見回しながら歩くのが辛くなってきた。
眠い。悪路で疲弊したことに加え、昨日のテントでどうも寝付きが悪かった。
身体はまぁ歩けるのだが、脳が疲れて判断力に自信が無くなってきた。
それぞれソロでも歩いているメンバーだ。他の人に変わってもそんなに問題ないだろう。まっちゃんや國さんに先頭を譲り、後ろから着いて行くことにする。
このあたりは百名山トムラウシへ登るメインルートで、実際に登山者も道標も多い。それほど難しくないだろうと思っていたのに、霧や雪渓に邪魔され、道を失うこともあった。皆でこっちだろうかあっちでも無いと進行を止められたり、迷いかけた登山者にルートを示したり。
道も相変わらず歩きにくい。急峻な地形ではないのだが、細かな登り下りはあり、それが大岩なのでやっぱり消耗する。
今日は午前中のうちに小屋につけるかと思っていたが、ヒサゴ沼の分岐にようやく到着したのは12:20ごろだった。
この縦走は毎日毎日、予想外の強敵や思いがけない景色に出くわしているが、本日も強敵だった。登山地図には「ロックガーデン 日本庭園のようなところ」とあるので、こんなに厳しいとは思わなかった。
分岐からは雪渓下り。得意不得意が別れる。
沼の周囲には木道もあるのだが、雪の上の方が平らで柔らかく、歩きやすい。
とはいえ沼の上なので、いつかは崩れるんだろうな。そう思って歩いていたら、割と思いっきり踏み抜いた。とりあえず大笑い。
ヒサゴ沼避難小屋の今日の宿泊者は、我々以外に10人くらい。テントも3、4張りあった。
これまでに泊まった大雪山の他の小屋もそうであったが、ここヒサゴ沼も非常に良いロケーションだ。景観に優れ、窪地なので風も来ない。豊富な水場も近い。
それに加え、小屋に着いてからは時折晴れ間ものぞくようになった。すなわち、洗濯ができる。
もはや武器と言っても良いほどの臭気を放つ縦走4日目の靴下、雑巾だってもうちょっとはきれいなんじゃないかっていう手拭を洗った。
油断していると急な時雨にあうが、それでも結構きれいになって、気持ち的にもずいぶんスッキリした。
今日も乾物中心のメニューだが、みかちゃんのいろいろ工夫した晩ごはん。
高野豆腐、確かに腹に溜まる感じが素晴らしい。満腹だ。カロリー低そうだけど。
今日はなんとビールのさし入れが。
北海道新聞の記者さんから取材を受け、その報酬ということでビールをもらった。
我々が有名で今回の縦走が注目されているから、という訳ではなく、昨年のトムラウシ大量遭難事故を受けて、登山者の意識がどう変わったか、という内容。
なにしろこの小屋は、一行が最後の晩を過ごしたところだからな。
記者氏は支局長だったか、かなりの決定権をもった人のようで、北大の山岳部出身。
「仕事で山に登りにくるのは、結果もださなきゃいけないし、苦労が多い」とおっしゃっていて、実際にその通りだと思うが、山好きであることは間違いない。
登山ガイドの方と一緒に来ていて、就寝前には宴会に混ぜてもらった。
我々の縦走計画を随分と買ってくれ、山談義に花が咲く。
取材内容は、我々の下山より早く、金曜日の朝刊に乗る予定らしい。
4時にヒサゴ沼の小屋を出発。もうこれが日常だ。
最初に目指す化雲岳までは、小屋から直登コースもあるが、雪渓歩きで道がわかりくそうで、昨日と同じ道を稜線までたどる。距離は長いものの、時間的には早いようだ。
化雲岳まではたらっと登れた。頂上に大岩があり、各山で最も高い地点に登ることを日課にしているがーこ隊長は当然のように登りにいき、皆もそれに続いた。
高さ5mくらいだろうか、ちょうどボルダリングに良いサイズで、さらっと登って下ってちょうど良い。
と思っていたら、なんだかうちのお転婆娘は怖じけづいている。いつもは最も危なそうなところにわき目も振らずに突っ込んでいき、それどころか周囲の男どもを鼓舞、挑発するくらいなのに(本人に自覚は無いようだが)、やたらと怖い恐い言って腰がすくんでいる。大岩の一端は切れ落ちた崖で、そこにばかり目が向かっているようだ。この子のキャリアを言うまでもなく、簡単なルート通ればまったくなんて事の無い道なのに、最終的には抱きかかえて降ろす始末。
彼女の普段の言動やこれまでの経験・技術から言えば理屈に合わない感じだが、まぁ理屈よりも感情で判断するべき生き物なのかもしれない。
五色岳までは木道歩きのトレース。霧に囲まれた中にお花畑が広がり、幻想的。熊らしきケモノの足跡を見た。雲は標高2000mくらいのところを流れている。トムラウシ全景が、見えそうで見えない。
僕はいつものように露払い。晴れていても、朝は草やハイマツがぐっしょりと濡れている。ザックカバーつけて雨具着て、杖で文字どおり露を払いながら、朝の道を進んで行く。
五色岳からは南下コース。忠別岳非難小屋分岐までの道は特に問題なし。
今回の山行では、毎日毎日いろんな冒険・変化があり、先に何が待っているか予想がつかない。
そんな毎日なので油断はしないように習慣づいているはずだが、本日も割りとノーマークだった強敵に出くわす。
忠別岳への登りがそれで、薮こぎに苦しめられた。 。ハイマツ帯に突っ込むと、ハイマツが行く手を遮ってなかなか進まない。ハイマツなのに這っていない。登ろうとする我々を、ザックを止めて体全体を止めて足を止めて、いちいち邪魔してくる。 登山道が陥没しているのも原因かもしれない。良く見ると、周囲のハイマツの根元は我々の腰のあたりにきている。 むしろこういう道は、美瑛富士-トムラウシ間の人が来ないゾーンであるかもと予想していたが、おばちゃん登山ツアーでも通るこのルートにあったとは。
苦労の末たどりついた忠別岳は、なんとお花畑の広がる山頂だった。にくい演出だな。
ここでお昼休憩。
今回の長期縦走で得られた一つの発見は、僕の燃費の良さだ。1日歩いて、500mlのペットボトルにいれた水も半分位しか減っていないし、食事もいつもよりだいぶ少ない。空腹感は感じるものの、休憩のたびに飴玉なめる程度で随分と動ける。飴玉1個の効用ってすごいぞ。即効性あるし、クスリみたいだ。
小説「神々の山嶺」で、板チョコ1枚残して遭難する話があった。板チョコ1枚程度でヒマラヤ下山が可能なのかねと思っていたが、確かに板チョコ食えば2、3時間は行動できそうだ。生死が別れるかもしれない。
(逆に、お菓子たくさん食ってゴロゴロしてれば、そりゃ太るだろうな。)
忠別岳からは、平坦であるが、長い道程が続く。トムラウシエリアと大雪山エリアを結ぶ、廊下のような縦走路だ。
このあたりは、カムイミンタラと呼ばれているらしい。「神々の遊ぶ庭」という
意味だそうだ。アイヌも自然崇拝が強い人たちだから、この場合神々というのは
ヒグマのことを意味する。
確かにヒグマの密度が濃いエリアのようで、足跡もあったし、ヒグマのために閉鎖されている登山道もあった。 出くわしたら嫌だが、どちらかというと中腹以下に住み着いているようで、稜線を歩く登山者が襲われるようなことはほぼ無いとは聞いた。一度くらい遠目にでも見てみたいとも思ったが、そう都合良い距離で見れるものでも無いようだ。
それにしても長い。完全に晴れていれば、トムラウシを背にして朝日だけを目指す、大変に景観の良いコースのようだが、残念ながら標高2000m前後のあたりに雲が沸き、格好良い山は見えない。 今日も行動時間を6時間も過ぎると、皆だいぶ疲れてくる。
相変わらず、お花畑もすごい。例えば高山植物の女王と言われるコマクサだって、北アルプス行ってもそれなりに生えてはいる。が、そういうところだと群生地にちょっと生えていて、皆で保護してるような生え方だ。
それがここでは、もっとありきたりに、雑草のように生えていて、大群生を作っている。実は貴重な植物では無いのかもしれない。
僕はそれほど高山植物に大きな関心は無い。わざわざ山に登らなくても、花を見るだけなら公園にだってたくさんあるんじゃないかと思う。 でも、わざわざ重い荷物背負って何時間も歩いて、高山植物見にくる人もたくさんいる。
公園の花と山で咲いてる花と何が違うんだろう。高山植物の花弁なんて、たいていすごく小さいぞ。
と考えてみると、その小ささは一つポイントなんだろうか。
さらに言うと、ペンペン草の花弁だって小さいことは小さいが、高山植物は小ささの割に、良く見れば色も形も派手なのが多い気がする。
で、もう一つ重要なのが、バランスなのかな。花に比して、葉はさらに小さい。葉っぱがほとんど無いのに花だけ咲いているような、どこいつらどこで栄養稼いでいるのか疑問を抱かせる奴もいる。
公園に咲く花よりも可愛いと言われれば、確かにそんな気もする。
まぁそんなことを考えながら気を紛らせる訳だが、このあたりのことは花好きの意見も聞いてみたい。
最後の敵は雪渓の急登。こいつをやっつければ今日の行程も終わりだ。
縦走中、最も必要なものは水と飴玉。最も役立たないものはお金と財布で、登山口までのタクシー代を払って以来、どんなに使いたくてもお金を使う場所が無かった。
それが久しぶりにお金を使うことに。ここ白雲岳避難小屋は、シーズン中は管理人が常駐していて、素泊まり1000円となる。
テント好きがーこ隊長も、テント場が雪解け水で水浸しだったので、皆で小屋泊り。
チーズリゾットも、アルファ米をおいしく簡単に食べるレシピ。粉チーズとレトルトソースをうまく使い、やっぱりベーコンもおいしい。
もうここまで来たらゴールは近い。非常食用のアルファ米も投入して、満腹ごはん。
5泊もしているのに、なかなか星空を見ることができない。
そもそも、高緯度帯で夜が短いのだ。夜は8時まで普通に明るいし、朝は3時になると白んでくる。星が見れるとしても22時ごろから2時くらいまでの4、5時間だが、そのうち、日付が変わるころまでの2時間はいつも雲っている。
夜が落ち着いてから日の出前の2時間くらいに、星空が見えるときがたまにある。今年は異常気象とのことだが、ここ数日はそのパターンだ。
星が出ている時間は短く、せっかく晴れていても撮影準備に手間取っているうちに、ガスったり夜が明けたりしてしまう。
もう大雪核心部に着いたし、いつでも下山できる。 全体日程としては当初の予定の半日遅れで、一つ手前の小屋に泊っている。 この際だからもう1泊して、登れそうな山は全部登ってしまおう、ということになった。
この山域は登りやすい山がたくさんあって、どれも短時間で登れる。
緑岳、赤岳、白雲岳、黒岳と、色のついた山が4つあって、全部蹂躙してしまおう。
結局のところ、地図上のコースタイムを合計してみると今日も昨日と同じくらいの時間になるようだ。ここ数日の日課になっている、朝4時に出発。けっこうガスは濃い。
まず最初の緑岳。
あっさりと着いたが、残念ながらガスの中で眺望は無し。
続いてはトムラウシと同程度の高さなのに、だだっぴろい台地の上にある、山頂というよりは道の途中と言った感じの小泉岳。相変わらずガスは濃く、全縦走中1、2を争うおもしろみの無いピークだった。
今日の2色目は赤岳。小泉岳からは、山登りというよりは下っていくが、下から見上げれば立派な山なんだろうな。 頂上に大岩があり、とりあえず皆で登る。 大岩の陰で、ここ数日で一番強い風を避けながら、今日一回目の大休止。
3色目、白雲岳。北海道第3の高峰。 名前に恥じず、白い雲の中。 ここはさすがに登り甲斐があり、頂上直下に雪渓をたずさえて(巻いて登れるが)風格のある山だ。
そして北海岳。ここからはお鉢巡りの一座となる。 ここで晴れてきて、一同歓声。対岸やお鉢が覗けた。
ここまでの縦走路では、なんとかヌプリなんとかシリ、なんとかベツなどと、アイヌ語の名前が多かったが、このあたりの山は北海、北鎮、間宮に桂月と、なんだか明治の香りがしてくる。そのころの登山家たちが名付けたのだと思う。
北鎮はたぶん北海道の鎮台、軍の駐屯地を記念して命名されたのではないか。間宮は間宮林蔵、桂月は詩人の大町桂月だろう。松浦岳というのもあったが、松浦藩のことだろうか。間宮林蔵の師匠が松浦なんとかだったっけ。
小泉岳も、だれかを記念して命名したのかもしれない。
ちなみに、大雪山というのは山域全体の名前で、そういう名前のピークがある訳ではない。最高峰は明日登る旭岳で、これもなんだか明治時代の人が好みそうな名前だ。
北海岳からはお鉢の内側に入り、風も避けられる。あとは小屋に行くだけ、今日はけっこう楽な行程だったな。
黒岳石室について昼食。ビールで乾杯。ここもずいぶんといい場所に立っている。
豪雨が降り、昼寝。目を覚ますときれいな青空が広がっていたので、最後の黒岳、桂月岳までお散歩。
ということで本日は、緑岳、小泉岳、赤岳、白雲岳、北海岳、黒岳、桂月岳の7峰を蹂躙。
縦走中最後の晩御飯は、アルファ米のスペシャルメニューちらし寿司。インスタントの五目寿司の具に、アボガドとかに缶詰、錦糸玉子など。 この日のために買ってきた固めのアボガドは、寒いところだと熟さないのかまだ結構硬かった。
黒岳の石室はずいぶんと良い雰囲気で、山のベテランたちの団欒の場となっている。 管理人の方はずーっとにこにこしている優しそうなおじさんなのだが、がーこは面識があって実はすごい人らしい。 ネイチャースキーの腕前がすごいとか、自衛隊の冬季戦術の教官だとか。がーこのカヤックの師匠の友人だとのこと。
最後の夜はテント泊。星空は見えるだろうか。
ついに最終日だ。歩くのも長かったが、この日記書くのも長かったぞ。
天気予報は、大局的にはあんまり変わっていないようで、今日も曇りベース。
だが、朝から明るく、昨日より良さそうな感じだぞ。
昨日に引き続きお鉢回り。北海道第2の高峰、北鎮岳を目指す。
今日の強敵はいきなりやってきて、北鎮岳手前の急な雪渓登り。
朝は雪も緩んでいなくて、全縦走路中最も緊張を強いられる道だった。
そんな登りなので、雪道の苦手な後続のために僕が体力使ってやろうと一生懸命ステップ刻んだのに、後続たちはあまりそれを利用せず、相変わらず何度も雪面蹴っていたので腹が立った。
再びお鉢巡りルートに戻り、しばらく歩いていると青空が見えてくる!
そしてたちまち周囲の世界が色づき、大雪の雄大な景観が広がってきた。
やった!最後の最後で晴れてきた。 ラジオでは「今日は全道中で曇り」と言っていたが、大雪山だけは晴れている。 この山の予報は難しいらしく、昨日の小屋で話したベテラン登山者の方も、どうせ予報は外れるだろと言って山に来ていた。
この素晴らしい景観を独占して歩く。シャッターを押す回数も増える。 写真を見返すと晴れてるものばかりなので、ずーっと天気に恵まれたように思ってしまうが、晴れると皆受かれてバシャバシャ撮るので、割合としては晴れ写真が多くなるのだ。
道の途中といった感じの中岳を越え、間宮岳まではけっこうな登り。 間宮岳のあたりは展望が良く、これまで来た道が見返せる。 まぁ全般的に雲海が広がっていたが、一昨日の忠別岳方面の廊下のような尾根が見えた。期待していたトムラウシは、短時間だが雲海の上にちょこっと見えた。
旭岳をやっつける前に、やる事がある。 お鉢巡りは4分の3周くらいしたが、まだちょっと残っている。そのあたりの山も踏み潰しに行こう。
再び間宮岳に戻り、いよいよラストボスの旭岳をやっつけに行く。
縦走の最後に登るのが最高峰。しかも曇りベースの行程の中で、大快晴。
いよいよフィナーレ。最後にふさわしく、雪渓の登りもその後のガレ場も、けっこうきつい。
そして午前10時25分、登頂。ついに歩き通した。
下山ルートからは、たくさんの観光客が登ってくる。
これまでは、限られた山好きのみが知る世界、という感じだったが、この下山道でこれまでの1週間にすれ違った人数の10倍くらいの人達とすれ違ったかと思う。
すごい行列がくるなと思ったら、なんと自衛隊。
さすがに元気な人が多いとも思ったが、案外へばってる人もいた。ふだん事務職やってそうな人も登ってたから、本格的な訓練というよりはイベント的なものだろうか。
タオルも迷彩柄だったぞ。
観光客も登るが、そんなに楽な道でもない。標高を一気に下げるので、膝に来る。 すれ違う人たちからは、「すごい荷物ですねー」「富良野岳から来たんですか?ひゃー。」などと賛辞を受け、気分は悪くない。
とはいえ、こんなに人の多い道がこの縦走路の最後であって良いはずがない。ロープウェイは使わずに、脇道で下まで降りて、そこをゴールとすべきだ。
ロープウェイ頂上駅手前から、もっとひっそりした、沢沿いの道があるのでそちらを利用。この道はこの道で、疲労がたまった体にはそれなりにきつい。
が、もう着くだろういやまだかなと、最後の最後まで壊れた木道くらいしか人工物の見えないこの道の方が、やはりこの縦走の最後にふさわしいのではないかと思う。
下山して温泉。水をびゃーびゃー浴びるのがとても気持ち良い。
ユースで荷物を回収し(残念ながら宿泊は満員、入浴のみ)、玄関先でラーメンを食った。
反省会は、日本酒のおいしい飲み屋で。 みかちゃんの義兄のおすすめの独酌三四郎」というところで、非常に良い店だった。
一週間の思い出話に浸るというよりは、出てくる会話が「ウニ旨い」「豆腐美味い」「この酒良い」と、ほとんどそんなことばかり言い続けた。
なんか、すべてのものがものすごく美味い。すべてをやり終えた充実感と、連日の肉体酷使が、料理のおいしさを更に倍増させる。
日本酒リストも豊富で、最初はいろいろ飲み比べていたが、何しろ獺祭(だっさい)がある。しかも比較的高くない。
いろんなお酒を楽しむのも良いが、このお酒が飲めるなら他に望むことはないなと、最後は皆獺祭オンリーに。
この縦走の費用の3分の1ほどを、この宴会で使った。ずっと思い出に残りそうな宴会だったな。
そして、充実した冒険だった。毎日いろんなことがあったし、一緒に行ったメンバーからも刺激を受けた。
毎日夕立があったが(北海道では珍しいことらしい)、雨の中での行動はそれほど多くない。大きな失敗もなかったし、全体的に大成功だったと思う。