連休前の終業後は竹芝桟橋へ。八丈島へ向かう。
今回のメンバーは4人。ここ最近の旅行としては小人数だが、帰りの飛行機の予約人数が4人だからだ。
小人数ながら、体力のある人ばかり集めた。これは今回の旅行のコンセプトに必要なところで、あわよくば八丈小島の山頂に立とうと思っている。 標高600m程度の山なんて1日に3往復くらいしてしまいそうな人達だが、今回は手ごわいだろう。
何しろ、ネット上で登頂記録が見つからなかった。
八丈小島というのは、40年ほど前までは人が住んでいたが、現在は無人島である。釣り人はけっこう訪れているようで、渡しの漁船が何隻かあるので上陸はできる。が、山に登る人は稀だろう。
人が住んでいたころは、頂上まで道があったはずだ。そういう地図を見たことがあるような気がするし、地形的にも問題はなさそうだ。が、今ではどの程度道が残っているのか。
何しろまだ渡船の予約さえしていないし、本当に行けるか分からない。ま、単なる宴会ツアーになっても、それはそれで良い。
台風後で、海は少し荒れるようだ。が、東京湾内はあまり影響ない。
座席は、おなじみの2等席なしで予約して、乗船時に椅子席に昇格。そこそこ混んでいた。案外若い人が多いように思ったが、「おまえが歳食ったからだ」と指摘された。
随分遅くまで飲んだ。2時くらいになった気がする。
船はけっこう揺れていたと思う。が、ずっと寝ていたので船酔いはしなかった。三宅、御蔵の着岸時も気づかなかった。
八丈島上陸は何度目だろう。5と10の間くらいだが、すぐには数えられない。
いつものように、眠気でぼーっとしたままレンタカーを借りる。今回も釣り可能おんぼろレンタカー。
最近はマニュアル車って八丈島でしか運転していない。
佐々木さんが目をつけていた、大賀郷の廃墟に行ってみる。 案外強い雨が降ってきて、絶好の廃墟日和である。
もとは大型ホテルだ。別館がアリの巣のように張り巡らされ、探検のしがいがある廃墟となっている。 15年ほど前まで営業していたようだ。良い感じに荒れていて、廃墟としては青年期くらいなのだろうか。けっこう生々しい備品が落ちている。
空腹も船酔いも忘れ、夢中になる。
これまで何度も八丈島来ているのに、こんな一級ポイントを見逃していたとは。
海一望の、風光明媚な場所にある。当時はさぞ良いところだったのだろう。 ドラえもん読んでると「スネ夫が大四畳半島(ダイヨジョウハンジマ 八丈島がモデル)行ってうらやましい」という話が良く出てくるが、そのころの伊豆諸島観光全盛期のものなのだろう。
中田のソフトクリームを食べて、だいぶ空腹がごまかされる。
いつもながら、おいしいな。
ガーデン荘に荷物を置いて、再び底土港方面へ。ほぼ定常的にやっているイベント、海遊魚祭りで無料飯にありつく。
焼酎と(僕はドライバー係での飲めなかったが)刺し身、つみれ汁なんかを出してくれる、主催者側にはどんなメリットがあるのか分からないが我々には大変うれしいイベントだ。
温泉入って昼寝しよう。「見晴らしの湯」へ向かう。
ほとんど恒例化している、旅先で偶然誰かに出会うイベント。
今回は温泉入る時に我々のうち3人と面識のあるイチキさんとばったり。
ガーデン荘に泊まったのは何度目か分からないが、最大級に混んでいた。
言語学を研究する大学の研究室ご一行、週刊新潮の記者などと一緒になる。
記者というから油断していた。西原理恵子の連載の話でも聞こうと思ったら、実は報道系のカメラマンで我が社のお得意様だった。
カメラに対する大きな愛憎をお持ちの方で、いろんなことを強く訴えてきた。
なんだかもうスイマセンって感じだが、仕事で自分が作っている物に対して、初対面の人が熱く語る。これは幸せなことだと思う。
勤務中は、日程だのコストだのというのが重要視されるが、基本的には使う人のことを考えなくちゃなぁ、というのは再認識する。
ものすごく厳しいのだろうか。案外あっさり登れてしまうのだろうか。
八丈小島の頂上までには、やはりいくつもの障壁があった。
早朝に起床し、八重根港へ。6時過ぎに出航し、小島へ向かう。 昨日に比べればだいぶ凪いできてはいたが、さすが黒潮のど真ん中。だいぶうねっている。
まず最初に我々の前に(主に僕とまっちゃんの前に)たちはかだったのは、海だ。
八丈小島までは、そう距離があるわけではない。が、乗り物酔いになるには、5分もあれば十分だ。
ここまでひどく酔ったのは久しぶりだ。(軽い船酔いは日常茶飯事だが)
次に来た障壁が最大のピンチだったかもしれない。それは上陸する時にやって来た。
八丈小島には、いちおう港跡のスロープはるのだが、桟橋があるわけではない。当時もはしけ作業していたのだと思う。
現在も、船首にタイヤをたくさんつけた磯渡し用の漁船でもって、強引に接岸する。
波は大きい。落差は2mくらいあるだろうか。船首もそれくらい上下する。波のタイミングに合わせて上陸すればよいのだが、我々には初めての経験だし、船長の言葉も聞き取りにくかった。
船が岩場に接し、一人が渡る。また、一人が続く。
上陸しようとしたまさにその瞬間、船が大きく上下し、転倒してしまう。
うわ。一番やってはいけない場面で一番やってはいけないことを。
巨大な船体と、波とエンジンの力を受けてはひとたまりも無い。
せっかくできた恋人の片足がつぶされるのを目の前で見るところだったが、船がいったん海に離れると、びっくりはしているものの鮮血にはまみれていない彼女の姿が目にはいる。
紙一重の所で救われたようだ。小アザ作った程度で済んだようだ。ありがとう佐々木さん。
その後2度3度接岸をやり直し、船酔いでへろへろになった我々も上陸。
すぐには歩くことすら厳しいが、しばらく陸地で休んでいれば、いずれは全快する。
港から上がっていくと、まずはお墓(祠?)と車の残骸がある。車の残骸は、エンジンやタイヤの痕跡があるだけで、もうほとんど残っていない。
棚田でもあったのかなぁという、階段状の平地の脇にある坂道を登り切ると、どうやらそこが集落跡。
門があって、敷地がなんとなく分かる。残っているのは貯水槽くらいで、他に人工物はあまり目につかない。
島に人が住んでいたのは、40年くらい前というが、もう廃墟としては老齢期だ。遺跡になりかけている。
海に直面した小さな集落ということもあるだろうが、人間の痕跡なんて案外すぐに消えるのだな。
学校跡らしきを過ぎると、道の状態が悪くなる。ここまでで引き返す観光客が多いのだろう。
道は残っている。山側に石段がついている。右の方へトラバースぎみについているので、とりあえずそこをたどって行く。
八丈小島には、かつて南と北に2つの集落があった。
島の東西は崖になっているので、周回道路を作ることはまず無理だ。それぞれの集落を行き来するには船を使うのが便利だろうが、陸路だって欲しいはずだ。となると、山頂通っていくことになるから、当時はちゃんと道がつける必要はあったと思う。
けど、今通っている道がそれなのか、よく分からない。山に作った畑までの道かもしれない。
先行者は途中のどこかで引き返したようだ。両脇から木の枝が迫ってきて、段々歩きにくくなる。
その状態に駆り立てられる。船酔いを忘れ、やる気が出てくる。
しばらく進んで開けた所に出た。
だいぶ右に進んだが、そこからは左へ曲がって沢伝い。といっても水が流れているわけではなく、ちょっとじめじめしている程度だが。
この道ははっきりしている。山頂までは尾根沿いをひたすら直登すれば良いのかと思っていたが、とりあえずは沢沿いで登れている。
踏み跡もあったような気もしたが、単に水が流れたあとだったのか、ちょっと分からない。
進んで行くうちに、普通の登山道というよりは岩のぼり、沢登りっぽい領域が増えていき、植物も茂ってくる。
さてどうしようか。このまま無理して沢沿いをいくよりは、やっぱり尾根沿いが筋だと思う。
草の急勾配をムリヤリ登り、尾根を目指す。
この登りはあきらかに道ではなく、同じ所を下れと言われたらとても嫌だ。斜度がきついので良く分からないが、植物が密生しているのは50cmくらいの高さだろうか。急斜面の前傾姿勢では、胸くらいまで草をからめながら強引に登る。
太い植物があるから手掛かりにしようと思っても、涸れたアジサイでペキリと折れてしまう。
この登りで我が恋人は、また危うく転倒しそうになったところを佐々木さんに救われていた。 彼女はスーパーマリオと同様、3度死ななければゲームオーバーにならない程度の強運をもっているようで、案外けろっとしている。
ふう。
尾根に出た。
この尾根は安心して歩ける。草木は低く、斜面はゆるく、広い。普通に歩けるってスバラシイ。
ゆっくり歩いたって、普通に歩けるのだからそれなりに標高は稼げたのだろう。コース上のオアシス的エリアだ。
そしてまた大きな敵が出現。ここから竹やぶゾーンですよーと、きれいに境界線が引かれて竹が密生している。
一見すると通れないが、尾根中ずーっと横たわっている。頂上まで行くにはここを抜けるしかない。強引に突っ込む。
竹の間隔は、広い所で30cmくらい。ならせば15cmくらいだろうか。我々の体は(進行方向に対する段面積は)狭い所でも30cmよりはあるので、間をすり抜けることはできない。竹に阻まれて進行できないというのが道理である。
が、ここは一つ竹のほうに折れてもらって、無理に通る。それほど太い竹ではないので、ひん曲げて踏み潰すことはできる。が、竹の方でも存在を主張してきて、臑でも服でも顔でも、ピシャピシャと打って反抗する。靴紐ほどくくらいの嫌みもきかせる。
1m進むのに、10〜20本の竹をかきわけていく感じだろうか。
前は見えない。最低1mは竹やぶが続き、あとは暗いだけだ。進行方向にちょうど太陽があるので、それを目安にまっすぐに進む。
疲弊してきたので、トップをまっちゃんと交替。2番手以降は少し楽になる。
これが続くなら登頂は無理だ。出発から2,3時間登ったが、まだ登頂までの見通しは立っていない。この先もまだ何があるか分からない。
が、まだ引き返す時刻ではない。船が迎えに来る時刻から逆算して、11時までは登りに使える。11時の時点で登頂の可能性が見えなかったら、そこで引き返そう。
竹やぶエリアは永遠に続くようにも感じたが、もしかしたら実際には30分もなかったのかもしれない。ようやく竹やぶ帯を抜け、もじゃもじゃした潅木ゾーンに入る。多少ましに歩ける。
この潅木ゾーンは少しの苦労で抜けられた。再び開けた斜面に出る。
この瞬間だ。我々が登頂を確信できたのは。
頂上が見える。そしてその途中には、大きな障害は無さそうだ。
標高差残り200mくらい。勾配はかなり急だが、ここからはもう普通の登山の領域だ。もう、ある程度計算できる。
実際に登るとなると、やはりそう甘くはないのだが。見かけよりヤブはあって、腰くらいまで来るだろうか。もう、尾根は狭くなっていて、確実にこの地形しか登る場所はない。しかしここに至っても明確な道はない。
歩いている感じは雪山に近いだろうか。足を持ち上げ、堅い大地がよく見えない所へ足を突っ込む。抵抗はあるが、歩けない訳ではない。勾配と状況を選んで、歩きやすい所を選んで登っていく。
とはいえ、もはや通常の困難である。疲労を感じながらも、確実に標高を上げている。
頂上は急勾配の向こうに隠れたが、確実に近づいている。
そしてついに登頂。この上ない達成感。
これは嬉しいぞ。
最近は、有名な山の有名なコースであれば、まぁよほどの悪条件でなければ、ほぼ確実に到達できると感じられる。しかし今回は、本当に登れるのか、かなり終盤まで確信できなかったのだから。
難しい山だろうと思っていたが、予想に違わず困難だった。しかし我々は、その困難を乗り越えることができた!自分たちのレベルアップを実感する。
一人じゃ無理だったね。
チームとしても、それなりに機能していた。お互いがお互いのことを分かっているし、体力、経験、能力において信頼しあえる。意思統一もやりやすかった。
最初は単に旅先で知り合っただけの間柄だが、いまや未開の地でともに活動できる仲間となっている。
我々は、黒潮流れる海面から急峻に屹立する、八丈小島の山頂に立てたのだ。
そしてこの景色。八丈島富士とだいたい同程度の視線。八丈島を斜め45度から見ている感じ。この景色は、ここに登らないと見えないのだ。 周囲はずーっと海。頂上部は一畳程度は開けていて、そのまわりはヤブだが、それなりに視界は得られる。山頂にいる時は遠景はガスってしまったが、歩行中に青ヶ島、御蔵島に加え、三宅島の島影も確認できた。
対岸に半年前の我々が見える。4人とも、そのときのメンバーだ。「次は八丈小島だね」と言っていたが、こんなに早く実現するとは。
渡しの船でえらく酔って、胃の中も腸の中もすべて吐き出してきた。行動中だって、午後の紅茶飲んで、あとはあめ玉くらいはなめたかもしれない、という程度。
が、この苛酷な登山でも、案外空腹を感じずに行動することができた。
けっこう体内にはエネルギーが蓄えられているのだな。
それほどの時間の余裕はないが、頂上で食事をとる程度の時間はとれる。 登頂の達成感を味わいながら、記念写真撮ってビール回し飲み。
さて下山。竹薮までの急斜面は、下りでは困難は少ない。これも雪山に似ている。それなりに歩きやすい所を選んで、ときにつづら折りに下れば良い。 登りに使った踏み跡をたどれば楽なのだろうが、簡単にたどれない。何度か、我々が踏み付けたと思われる植物が不自然に倒れたあとを見つけ、それをたどってやろうとは思ったが、そのたびに見失う。四人が一回通ったくらいじゃ道はつかないようだ。同行者の一人が登る時に落としたペットボトルを拾えたのは、かなりの幸運だったと思う。
竹やぶゾーンも、きた道をたどりたい所だが、もはやどこから入った分からない。印くらいつけておけば良かったのかもしれないが、まぁ正面突破だろう。
今度は、後続に方位磁針で方向を確認してもらいながら、とにかく突き進む。
登りきれて良かったと改めて思う。途中で敗退してこの竹薮を戻るのは、精神的にだいぶ辛いだろう。
高い達成感を感じている今は、スネが痛いなと感じる程度で、辛くはない。竹やぶがもうすぐ終わるだろうというのも、だいたい分かる。
竹薮を突破すれば、るんるん歩ける緩斜面。ここでかなり標高を下げることができる。
でもまだ終わりじゃない。登りに使った沢筋から無理やり登ったルートは、下りに使いたくない。そこをクリアして、いいルートを選べるか。
とりあえず尾根が続いているので、下れるところまで下る。標高200mくらいまで下がれただろうか。
そのあたりから、ヤブがうるさくなる。背丈より高いくらいの樹林+ツタになって、とても歩きにくくなる。
終始、ゴールは見えているが、その途中は厳しそうだ。
登りの道は、途中までは歩きやすかった。そこに出られれば、あとは往路をたどるだけで全ルートクリアだ。今はおそらく登りのルートよりも東にいるから、西のほうへ下っていけば、どこかで登りルートに出られるはず。
草に絡まりつつ、左斜めに下っていく。ここも無理してツタ地帯を抜けると尾根に出られた。
この尾根は歩きやすい。海も青く、空も青く、気持ちいい。ここが正解なのだろうか。人の手の触れていない、海に向かう草原の道を歩いていく。
あと一息、スタート付近の学校跡はもう、すぐそこに見える。
で、残り数百mが大変だった。下りでの最大の難所が最後にやってきた。
相変わらず敵は植物で、集落のまわりに堅陣を敷いている。ゴールはすぐそこに見えているので進むしかないのだが、蔦でも何でも体にまとわりつくし、ところどころ段差も大きくなる。10m進むのに10分くらいかかる。
ついには、大地を踏めなくなる。植物があまりに密集していて、無理に足を踏み込んでも枯れ枝やツタなどに体を浮かされる。まぁ、死ぬ気はしないが、足がつかないのだから、進むことができない。
となると、ツタの上を歩くしかない。体重をかけるとツタの層を踏み抜いてどうしようもなくなるから、まぁなんとかだましだまし、草の上を這うように進む。この辺も新雪の上を歩くのに似ている。
行く時に通った小学校は、もう本当に目の下、できの悪い紙飛行機飛ばしても届くような距離なのだが、このわずか数十mを進むのに何十分かかっただろうか。
後続する二人には、ここは道ではないので別の場所を探せと伝えた。
が、後続する二人も相当苦労したようだ。結局最終的には古い道跡をたどって学校の裏に出て来たが、先行した我々よりだいぶ時間がかかった。
というわけで結局、集落付近から歩きやすい尾根に出るまでのルートは、分からないままだ。
基本的に終始、道なき道を行くことは仕方がない。が、登りでも下りでも、この道は無理して進んでいるが、戻れといわれても戻れない、というようなところを通っている。
ネットで一件、八丈小島登頂ツアーやりますというのを見つけたが、もっと確実に登れるルートがあるのだろうか。
「八丈小島登ってやろう」と情報集めて、このページ見る人はいるかもしれない。しかし、その人たちに対して、残念ながら「ここを通れ」というようには説明できない。
登るときに何が必要か、というのも特になかったな。特殊な道具や技能というよりは、体力と根性、やる気、そして運、という感じだろうか。
ヤブこぎの道具は役立ちそうだ。長袖長ズボンにツタを切るための鎌、というくらいだ。
読図能力や山道に慣れているかの経験もいる。
状況は変わっているのだろうな、と感じた。
たとえば数年前のヤギが駆逐される以前なら、ヤギが島中の草食べてヤブはなかっただろうし、ケモノ道もできていて歩きやすかったのかもしれない。今後はもっと草が密集して、とても登れないようになるかもしれないし、逆に整備の手が入って、おばちゃん登山家が登りに来るようになるかもしれない。
季節によってもずいぶん違うだろう。夏はもっと守備の植物たちが元気だろうし、冬は渡船できないかもしれない。
とにかく、我々は2009年10月の八丈小島に登った。あまり人の登らない時代で(年間10人程度なんじゃないかと思ってる)、様々な困難もあったが気象条件にも恵まれ、最終的には目的を完全に達成することができ、我々としては大満足だ。
港へ着くと、そう待たずに迎えの船がきた。
帰りの航海は、至福の時間だった。
船尾に座って、去り行く八丈小島を見つめる。飽くことなく、いつまでも眺める。
我々が登った八丈小島と、夕日に染まっていくひつじ雲を見ながら、登頂の余韻に浸る。海も穏やかだ。
八丈小島は格好いいなぁ。
格好良い山といえば、甲州に甲斐駒がある。信州には槍穂高があって、越中には剣岳がある。山国日本には国中山だらけだが、人目を引き、進行の対象になってしまうほどの山はその中のわずかだ。
黒潮の洗う八丈小島は、標高わずか600mながら、そういう一級名山に勝るとも劣らない格好良さと、登った時の達成感をもっていた。
船長が指を指す方項に、野ヤギ一匹。噂は聞いていたが、島の中では野ヤギに遭遇しなかったし、痕跡もほとんど見なかった。駆逐が進んで、数は相当減っているのかと思う。
とても良いレベルの目標だった。
簡単にできないが、まったく不可能ではない。全力を出した上に運も味方すれば、挑戦すればもしかしたらできるかもしれない、というレベル。これまでの繰り返しではないが、これまでの積み上げが役立って、今回自分たちのレベルアップを実感できた。(何のレベルだか知らんが)ハタチのころはそういう目標たくさんあったが、最近ではなかなか無い。
たぶん、同じくらい難しいヤブ山はちょっと田舎いけば結構あるだろうが、「数十年前まで人が住んでいた無人島」「山頂から、ここでしか見られない景色が見られる」「海に囲まれた大展望」「人目について格好良い」というような、心躍るタイトルはついていないな。
今後我々と一緒に八丈島へ遊びにくる者は注意が必要だ。八丈小島を見るたびに「俺達あそこ登ったんだぜ」と自慢されるだろう。そのときは「よくやるね〜」とでも言って、適当に話を合わせて欲しい。
帰り道、船長のおっちゃんが曳き釣りを始め、案外あっさりソーダガツオを釣り上げる。
トローリングってこんな簡単なのか。これなら酔わなくて良い。近いうちに試してみよう。
今日もにぎやかな宴会。
即興の演奏会が始まったり、大学の助手の人たちは、いつのまにか民宿の助手にもなってるし。
各自、八丈小島の歌を勝手に作って歌う。
そしてカラオケ。ガーデン荘には何度も泊まっているが、カラオケ設備あったのか。
我々のメンバーは付き添い程度のつもりで参加した気がするが、なんかしらんけど我々だけになる。そしてなんかしらんけど随分盛り上がった。
最終日は、徳に予定もない。
僕としては釣りがしたい。八丈島は釣りのメッカなのに、もう何回来たかも覚えていないのに、まだ竿を出したことがなかったと思う。せっかく竿もって来たのだから使いたいし、なんだか今回は釣れる気がする。
天候は良くもなく、悪くもない。ときおり雨はぱらつくが、すぐに止む。まぁ、八丈富士あたり登っても、そう面白くない天候だ。風も弱いし、釣りが向いている。他の人たちは交替で竿をかすか、昼寝でもしてるだろう。
場所は藍ケ江港。宿から近いというだけでなく、ここは良い場所なんじゃないかと思っている。
ひとまずは偵察。そんなに釣り人はいないが、何匹か釣れているようだ。風もないし、2、3時間やってれば何かしら釣れるだろう。
釣り具屋でエサとしかけ一セット買い、再び港へ。
とりあえずセッティングし、とりあえず放り投げる。なんか様子がおかしいなと思ったら、さっそく釣れてる。
ねらいどおり、ムロアジだ。さすが回遊魚系、けっこう重い仕掛けを引っ張りながらも、力強く素早く曳いてくる。
その後も入れ食いが続く。
投げたらほとんど一投の無駄もなく、魚が釣れる。スプーン3さじくらいのオキアミが、外れなくムロアジに、ときにはムロアジ2ひき分に変わる。こりゃ魚屋さんいらないな。毎日こういうわけではないだろうが。
結構良いサイズのムロアジだ。よく引くし、食べでもある。サンマよりも食べるところはよほど多い。
その気になれば100ぴきくらい簡単に釣れ、くさや屋さんでも始められそうだが、釣り過ぎてもし方がない。あまり釣らないように気をつける。
それでも全員で交替しながら、10ぴき釣れた。
僕はその中の半分くらいを釣ったのだと思うが、あまりにあっと言う間に釣れてしまって、釣りしてた時間が少なく、ちょっと物足りないくらいだ。
釣れている防波堤は、見ているだけで面白い。弓角投げているおっちゃんたちは、ソーダガツオやらカンパチやら、バンバン上げていたし、釣りは初心者っぽいお姉さんたちも、けっこうポツポツ釣っていた。 豊饒の海だな。この島のまわりには、どのくらいの生き物たちが集まっているのだろう。
氷も発泡スチロールも準備していない。曇っているので干物も作れない。 釣れた魚は、腹にいれて持ち替えるしかない。
包丁や火器類は持ってこなかった。持ってくるか迷っていたが、持ってくるべきだったようだ。
唯一ある十徳ナイフで刺し身にしたが、いっぴきさばく間に3ひき釣れてしまうのだから、さばくほうは大変である。
その場で食った。脂も乗って旨いが、飽きるほど食った。醤油かけてワサビつけて、バンバン食った。
我々の臓腑はいまや、ムロアジで一杯になった。海鳥やオットセイのようである。
浜松町にて反省会。
今回の旅は、とても満足度の高いものだった。大きな課題をいくつもやっつけた。さすが、あなどれないぞ八丈島。
八丈小島情報
■Wiki
より大きな地図で 八丈小島-太平山登山 を表示
今週唯一の出張。
今週はだいぶ忙しくない。勤務中もだいぶぼんやりしながら、特許のネタ考えている。キヤムラ君と雑談してる時間の方が多いくらいだ。
久しぶりに床屋に行った。「前に切ったの夏前くらいですか」と見破られてしまった。 いつ切ったのかも覚えていないのだが、たぶんそれくらいだ。
床屋行くのは面倒なのだが、切るとサッパリするのは確かだ。
いま、マンションの補修工事をやっている。今日はガス工事で、一日中立ち会いが必要とのこと。
と言われたって、仕事があるし、そうやすやすとは休めない。結婚休暇取っている同居人は山登り行っちゃったし。
世間には、一日中誰かしら人のいる家ってどのくらいいるのだろう。家庭があれば誰かしらいるのだろうが、この少子化晩婚化の世の中では、うちのように夜しか人のいない家は多いのでは。 宅急便の受け取りなんか、なかなかできないぞ。
結局、半日仕事を休み、半日はご近所さんにお願いをして事なきを得たが、ご近所づきあいも大切だ。
この機会に、掃除や銀行まわりなんかは能率的に行えた。