■Back ■Next ■Home

2006/7/29(土)

花火見物に誘われたので行ってきた。
花火大会らしい花火大会に行くのは、初めてに近いような経験だが、予想していたよりもだいぶ楽しめた。

小学生のころはお祭りが大好きだった。
賑やかな雰囲気も好きだったのだろうが、特に約束しなくてもぶらぶらと歩いていれば、いろんな知り会いと顔を合わせることが出来る。あの人も入るかもしれない。あいつらにも会えるかもしれない。何が起こるか分からない。 そういうのが好きだったのだと思う。

最近は、別にお祭りをやっていたって特に魅かれることはない。人ごみで疲れてしまう。どんなに賑やかだろうが、僕にとっては他人である人たちが騒いでいるだけだ。僕が属している社会のお祭りではない。無理して参加しても、傍観者にしかなれない。

そう思っていたが、今回の花火、国道でも道端でもおかまいなく、冷めきらないアスファルトに老若男女が無心状態で寝転がり、楽しんでいる雰囲気はとてもよかった。
友達の知り会いだかなんだかの家に招かれ、いろんな人が入れ変わりたちかわりしていくような酒席。道に迷った疲れもあって初対面の人にも気の利いたことを言えなかった気がするが、ま、祭りだし別にいいんじゃないかと思っている。

僕の記憶にある花火は幼少時代のもので、家のベランダから目の前に上がっていた打ち上げ花火だ。
夏祭りのフィナーレとして、家から数百m先の公園で打ち上げられる花火は、9階の自宅からは映画館の特等席のように見えた。 もう15年も前のことなので、多分記憶は相当美化されている。だから、僕にとってあれ以上の花火はないと思う。
しかし今回の花火は、きれいだな、と普通に思えた。大きな花火を間近に見れば、大輪が開ききった頃に轟音が耳に届く。 幼い頃の記憶では音と光が一緒に来るものが花火であったが、その記憶はそれほど間違っていなかったみたいだ。

2006/7/30(日)

今年の夏は、だいぶ去年とは雰囲気が違う。去年はもっと、夏に入る前から色々な計画が思いつき、すんなりと決まっていき、どんどん実行していった。海でも山でも島でも、狂ったように行っていた。

今年はどうもそうはならないな。決定的になったのは母の件でだが、去年とちがうようになる予感は梅雨に入る前からなんとなくはあった。この数年間、入社前に思い描いていた生活を、より具体的に理想的に実現できていたが、ちょっとずつ別の段階になりつつある気がする。
特にここ最近は、過去のことを儚く感じたり、曖昧な未来を模索していくようで迷いが多い。

ま、しかしもうちょっと疲れが取れれば明確に想像して判断できるようになるだろ。梅雨も明けたことだし、目の前のことを一つずつやっていけば良かろ。

父と昼飯を食べた後、祖母の家へ行って夕ご飯を作った。今回の件で一番ダメージが大きいのは、僕ではなく父と祖母だろうから、そうするのが良いと思う。単に一緒にごはん食べてるだけだが、その程度でも違うんじゃないかと思っている。

孫が来ると、とんかつと刺身というような、どこかの旅館みたいな組み合わせでもてなしてしまうのが大正生まれの祖母。 この食材を使って、どうすれば統一性のある献立にするか悩んだがすぐにあきらめた。さらにアドリブで残り物スープを作ったが、やっぱり中華風になってしまうので統一感はさらに失われる。
しかし、祖母と祖父の妹、二人の90歳コンビは良く食べていた。生き物は食べてさえいればとりあえず大丈夫というのが僕の持論だが、食べ過ぎていないだろうか。

2006/8/1(火)

一昨日、祖母の家からもらってきたとんかつを食べた。

こうの史代「さんさん録」

2巻が出ていたので購入。
暖かくて、可笑しくて、美しい日常。この人の作品はけっこうやみつきになる。

2006/8/2(水)

水曜日は残業禁止。就業後はキャバクラ行って働いてきた。
報酬はタンタンメン(にら入り)とチャーハン。

2006/8/3(木)

キャベツを買いすぎてしまっていて、なかなか減らない。
煮ても焼いてもサラダでも、便利な野菜ではあるが。

あと、チルド餃子もたくさんある。

2006/8/4(金)

今日は会社の納涼祭。僕の後輩どもは人使いが荒いので、今年も場所とりやらされた。
強烈な西日と風の中、カマキリと一緒に特許読んでいるのも悪くなかったが。

皆で楽しく、けっこうグデングテンに酔っぱらった。チャリンコで帰るつもりだったが、やめにした。


予想通りいつもどおり、あまり繁盛していない焼肉屋さんで二次会
--> ■Back ■Next ■Home